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2012年4月12日 (木)

秋田の空を想う

札幌に住む母の姉、ぼくの叔母が亡くなった。

さきほど通夜の席から戻り、一人叔母を忍ぶ。

ぼくの母は8人兄弟で、すぐ上の姉を頼って秋田から札幌へ住んだ。
母も札幌で結婚したのは叔母の存在があったからだ。

叔母はしばらく子供に恵まれず、ぼくが生まれたときとても可愛がってくれたと聞く。
その後女の子、ぼくの従妹が生まれ、ぼくらは兄妹のように育った。

従妹はぼくの小学校時代の同級生と結婚してしまったのだが、その同級生とはとあることで疎遠になって以来、叔母の家へ行くことも少なくなってしまった。それでも叔母はいつもぼくのことを心配してくれ、ことあるごとに「早く再婚しろw」と囁いていた。従妹は二人の子供を生み、叔母の家で生活して孫に囲まれ幸せだったと想う。それゆえ、ぼくもあまり心配していなかったのだけど、病魔が襲っていたことを先日初めて聞かされた。

今日の通夜には秋田から親戚や叔父、叔母たちも来ると思っていたのだが、来られたのは神奈川に住む叔父だけだった。考えてみれば母の兄妹はみな高齢でなかなか動けないという。長兄は90になるわけだから致し方ない。神奈川の叔父は末っ子でまだ身軽に動ける年齢だ。

驚いたのは母が兄妹皆に電話をしたら異口同音に「姉さんが枕元に来た」と云っているらしい。ぼくはあんまり死後の世界というものを理解できないのだが、やはり兄妹の絆はあるんだろうなと目頭が熱くなる。たぶん、叔母は秋田へ帰りたかったんじゃないだろうか。

母と叔父がしみじみ話をしている時に「おばちゃんも秋田へ帰りたかったんじゃないか」とぼくは云おうと思ってやめた。嫁ぎ先の親戚などが居る前では云いにくかったのだ。いつか、母と叔母を車に乗せて秋田まで行こうと思っていたのだが、それも叶わなかったのが悔やまれる。

あれは数年前、秋田の有名な醸造元で購入した醤油と味噌を土産に叔母を訪ねたとき、とても喜んでくれて帰り際にお小遣いをぼくに渡してくれた。いい加減、そんな歳じゃないしと断ろうとしてもポケットにねじこんでくれたことが最後の想い出だ。

おばちゃん、秋田の空へ還ってね。

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