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2011年3月22日 (火)

まちの肖像

Vol00

ここを1月末から放置しておりすいませんでした。書きたいことは色々ありますが、なんといいますか、その。

ネタもたくさんあったんですが、そんなことはどうでもよくなるような出来事で日々頭が混乱。とりわけこの10日間は精神的にも肉体的にもガックリでございました。

正直に本音を云わせて頂くと、もう写真なんかやめようかと思ったんですよ。ええ、だって大好きなまちが、あの様子じゃ精神的にキツイ。それにまちそのもを撮るのがちょっと怖くなったってのも。色々な意味でね。あの日以来実はカメラを持ってまちを撮ろうという気持ちが萎えてきて、まあ写真家なんていうほど偉そうなこともしていないのに、何もできない歯がゆさで押しつぶされそうな毎日を過ごしていたわけです。

でも、そういうことではいけない。自分にできること。小さいけれどやらねばなりません。

ぼくは9月に久しぶりの個展をやります。タイトルも昨年から決まっています。でも、まだどうするか迷っていたけど、これでいきます。個展でセレクトした写真には石巻(雄勝)、女川、気仙沼、釜石、南相馬などの被災地になってしまったエリアが含まれていました。それを外そうか悩んだのだけど、まきまき♪氏に話をしたら「いや、出すべきでしょう」とのこと。

タイトルは「まちの肖像」・・・
肖像と云っても人のことじゃなく(人もあるけど)まちのポートレート。まちが見せる表情を写真にしたんだよ、ということです。ただの景色ではなく、そのまちが持つ匂いとか風情とかをできるだけ見せることができるような絵を選んでいます。既にブログで発表した絵もありますが、多くはお見せしていないものも。どうしてもセレクトには既出のもあります。こればかりは、今回の災害を踏まえてお見せしなければならないという写真があります。

そんなわけで、ただいまポストカードで義援金企画もやっていますが、秋の準備もやっています。小さな(ページ数が少ないw)マガジンも発行していきます。とりあえず、今は無料で配布する「まちの肖像 Vol.00」が。希望の方は今後、お会いできたら差し上げます。たった4ページのなんてことのないものだけど。

そんなことで、やってます。

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コメント

どもです。
石巻、女川、気仙沼、釜石、南相馬…
それぞれの、自治体やあんなとこ、こんなとこにビジネスでお世話になりました。
納入した機器ではないんです。その街の何もかもが、悲しい状態にあるのが、
とても、言葉では言い表せません。

関東にしても、水、電気、野菜等々、課題は多いです。
被災地の皆様の悲しみ、苦しみは、いくばくのものでしょうか。

投稿: えみーるぞら | 2011年3月23日 (水) 23:44

>ぞらさん
悔しい。何度「チックショー!」と部屋の中で叫んだことか。
大声で泣いた。拳で机を何度も叩いた。
こんなことがあっていいわけがないよね。なんだよ、いったい。
北海道でも水のペットボトルが少なくなってきました。
いまさら、もうどうしようもないのだけど、日本国民全体が
この苦しみ、大変さを共有しているってことですね。

投稿: ariari | 2011年3月24日 (木) 00:57

おはようございます。
先生が現在行っていらっしゃる事は、小さな事ではありません。
ご自身で出来る限り最大限の事だと思います。
ですので何も出来ないでいる私は、ほんの少しでもお手伝い出来たらという気持ちです。
「まちの肖像 Vol.00」のマガジン是非、頂きたいと思います。
無料という事ですが出来ましたら、ポストカードと一緒に募金という形にして頂けますでしょうか?
私のお手伝いの気持ちで.....(*^^*ゞ

投稿: mama | 2011年3月25日 (金) 09:32

最近Twでもつぶやきが少ないので、大丈夫かなと思ってました。

被災地の現状はTVやラジオで痛いほど(見えない部分もありますが)放送されていて
ただただ打ちひしがれるしかありません。でもそのまま終わるわけではなくて、
これから再建に向けた動きが始まるわけですよね。
例え今はマイナスの状態でも、ゼロに戻して、プラスに転じる日がきます。
プラスになるには10年後なのか20年後なのか分かりません。
でも、その町を古くから知る人こそが、再建されていく町を見て撮っていかなければ
ならないと思うのです。
だから、ariariさんが写真をやめてしまったら困ります。
偉そうなコト書いてしまってすみません。でも、心の底からそう思います。

ariariさんがカメラを置いたら、私もきっとカメラを置くことになるでしょうしw

投稿: Rufard | 2011年3月27日 (日) 23:13

ariari先生の街に対する想いの深さが伝わってきます。

私もいろいろ刺激を受けて、少しずつ写真に興味を持つようになりましたが、
被写体に対して先生のような深い思い入れを持って向き合うことができません。

この感受性の違いが才能なんだろうなといつも思っています。orz

これからもariari先生の写真に登場する街や人物から滲み出る表情を勉強させていただきたく思っておりますので、今後とも活躍されることを楽しみにしております。

「まちの肖像 Vol.00」を是非私にも一部お分け下さいませ。小樽にお越しになることがあれば伺いますし、大坂屋さん預かりでお願いしてもありがたいです。
よろしくお願い致します。

投稿: ショップミツウマの店長 | 2011年3月29日 (火) 11:45

>mamaさん
ありがとうございます。小さい事でも、なんでもやらねばなりませんね。
ひとりひとりの力が集まると・・・大きくなるよね。偽善者っぽいけど・・・
本当はお金があって困らないなら一年くらい仕事しないでずっとお手伝いに
行きたいよ、って思うくらいです。
子供に「大丈夫だよ、えらいね」って声をかけてあげたい。
おばあちゃんに昔話をしてもらいたい。
これから、ですね。大丈夫、東北は強いよ!

>Rufardさん
古くて時代を経た街並みが壊され、新たな町になっても・・・
ぼくには未来が見えます。新しい町もきっと素晴らしいはず。
必ず復興すると信じています。
いつ撮影に行けるかわからないけど、必ず新しい三陸を撮ります。
写真をやめたいと思うことは日々あるけれど、やめられないですね。
カメラが一つになってもいいかなとも思います。撮ります。

>ショップミツウマの店長さん
被写体に思い入れを入れすぎちゃうとダメなんですよ。
きれいに撮ろうなんて考える必要もないです。
好きなものを撮るんだ、という思いだけ。それでいいんです。
小樽に行く時連絡しますね!よろしくです!

投稿: ariari | 2011年3月29日 (火) 22:24

もうここは閉鎖するんだろうなぁ…なんて思っていたけど、たまには来てみるもんだね(笑)。

ご無沙汰しております、青森の名誉市民hurrybloodr-markでちゅ。

昨日の晩もデカイ余震があって、昼過ぎまで停電だったり、続きますね〜

で、今月の小遣い分を先月のウチに募金(某24thTV)したり、色々と取り組みを重ねてるけど、反対に何もしないのも、それはそれで支援になっているかと思うんですね。

aも知ってる団体も、(国の期間を通した上で)13日から現地入りして、支援は現在も継続中です。

勿論、俺もお手伝いさせて頂いてますが、これは暫く続きますね。

街(町)の復興は、そこに暮らす人達の笑顔の復興でもあります。

hurrybloodr-mark、頑張ります。

※業務連絡
a用の、鉄おもとかフラ車とか、少しだけど間違いなく歓喜する品々をストックしております。

とりあえず腐らないから、またの機会にでも!

投稿: hurryblood | 2011年4月 9日 (土) 01:08

誤植の訂正(汗)。

誤…国の期間

正…国の機関

あひー

投稿: hurryblood | 2011年4月 9日 (土) 01:11

>はりはりさん
ご無沙汰してます。ホント、東北好きにとって(というか、ぼくは東北人だと思っているのだが)辛い時でした。
できることは限られるのだけど、長くやりたいと思うのであります。
いいんです。被災者の方の一日一度のおにぎり一個分でもいいと思いました。
それをできるだけ長くやりたいと・・・
逸品ありがとうございます。実は、ミニカー収集は今後(というか、もう)終了しつつあります。
今後は的を絞りつつやらないとなりません。ってか、金がないww

投稿: ariari | 2011年4月 9日 (土) 02:06

リミテッドビンテージは単価が高いもんね〜。安価だと続けられるけど…

貰う分にはイイんですよね?

俺の捕獲したのだって、単価で見たら500円でお釣りが来る様なもんだから、気楽にご笑納くださいな。

投稿: hurryblood@今日はトイザでHW♪ | 2011年4月 9日 (土) 12:56

思うのは─

例えば、昔好きだったひとと一緒に行った店とか、幼き頃の思い出の場所とか、時代が年を重ねる事によって、面影が消えたり、建物が壊されて更地になってたり─ってのは当然だし、仕方のない事ですよね。

今回、思い知らされた事は、その『町並みや風情』も絶対にそこにある存在ではないんだ─って事。

今までは足を運んで『やっぱり○○町はイイねぇ〜♪また来ようっと』なんて言ってた事、次また来た時、その景色や風情は無いかも知れない。

勿論そんな不謹慎窮まりない事を考えて行動なんかしないのだけど、今、そこに立っている有り難さと幸せ。

やはり写真は大事だし、大切だと思います。

その普遍すぎて気付かない、有り難い日常を、フィルムと記憶に焼き付けるのがaの仕事でしょ?

それを、その焼きあがった写真を見た人が、まるでaの記憶の部分さえ感じ取れる様な、伝える写真。伝わる写真。

aにしか撮れないaの写真、死ぬまで撮ろうよ。

だから写真家って言わなきゃイイんだよね。

新しいaの肩書きは『伝える写真を撮るひと』でいいんじゃない?ダメ?

投稿: hurryblood | 2011年4月16日 (土) 22:47

>hurryさん
パソコンで見るとわかるんだけど、Googleの地図で被災地を見ると、
すでに最新のものに変わっているんですよ。
衛星写真ががれきばかり、海は船が散らばって・・・
たとえば更地になった場所でも「ああ、ここにあるはずの建物が」
という感傷だけで終わるのだけど、町ごとなくなった哀しみは例えようがなくて。
ぼくの撮り方は記録的にはまったく役立たずで、建物全体や街並み景観などは
あまり撮っていない。どんなに後悔してもそのスタイルは変わらないんだと思う。
これはしようもない。今後変わるか?・・・
変わんないね。まちの景色を伝えることができるかどうかはわかんないけど、
人の暮らしや街角のなんてことのない部分をピンポイントでこれからも撮るよ。
たとえ万人が懐かしく思わずとも、誰かがそこで泣いてくれればいい。

投稿: ariari | 2011年4月17日 (日) 02:27

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