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2011年1月15日 (土)

ほぼネガ捜索完了

ここしばらく個展用のネガを一生懸命探しまくっていたら、また30年ほど前のネガなんかも見つかって、けっこう楽しめました。引っ越しの整理で昔のものを見つけると進まなくなるアレですwいや、そういうことしている場合じゃないけど、昔の写真は随時あっちでだそうかと思ってます。(いや、もう出しちゃったのもあるんだけどね)

ネガを色々見つけてセレクトにこれから入るわけですが、これも相当時間がかかりそうです。当たり前ですが。ただ、自分が選ぶ基準をどうするか、まだコンセプトが定まりません。写真展のタイトルは決まっていますが、中身なのですよねえ。写真展だと、説明書きなんかもないから「純粋に写真だけを見せてナンボ」なわけです。写真なんだから当たり前なのだけど、ドキュメンタリーじゃないので自分の思いをダラダラ書き綴るわけにもいきません。

ぼくは写真というものは見る人の想像力を奪ってはならない、と考えます。したがって他人がどう感じるか、それを押しつけることも好ましくはないと思うので、写真のセレクトに神経を使うのです。ブログ仲間の「しゅんろ~」さんの記事に共感するものがありました。見る人の期待度を気にして写真を撮っている訳じゃないので、時としてはそれを裏切ってしまうかもしれない。それでも自分が見せたいものを見て頂くしかないわけです。写真というのは、読む力も要求されます。いや、読めよ、という強制力を発効するつもりはさらさらないんですけどw

誰かを喜ばせようというほどの余裕がありませんので、そこは一つ撮り手が楽しんでいると解釈頂ければw特に町の写真っていうのは誰でも写せます。高度な技術はまったく要りません。「うわー、これ苦労して撮ったんだろうなあ」なんていうものは(おそらく)ないと思います。
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この富山、魚津駅前のイルミネーションもけして凄いわけじゃないけれど、きっとみんなの目を楽しませようと思ってやっているのでしょう。少しでも寒い冬を楽しませようという作り手の思いは感じます。どう感じるのかは自由なので「しょぼい」とか「きれい」とか様々なんだろうなあと。あと、写真家ですから、いろいろな写真をたくさん見て、目を養う必要性は感じています。音楽を聴かない音楽家はいないし、本を読まない小説家もいない(だろう)でしょう。なので、町を撮るってことはできるだけ多くの町を歩かないと絵に出来るはずがないということ。

写真にして人に見せるということは、少なくとも何らかの町の匂いとか、その町だけが持つ独特の魅力とかを伝えたいと思うのです。子供の頃家の近所にあった曲がり角のタバコ屋、そういう原風景を探しつつ、また町を歩きたい。たぶん、死ぬまでずっと歩くんだろうな。いや、歩きたいな。

などと色々膨大なネガを目の前にしてあれこれ考えて頭が痛くなりました。よって、銭函に逃亡してこのブログを更新していますww

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コメント

ariariさんが撮り続けてきたもの・・、膨大なネガの中にきっとあります。

初めて自分の写真を見て頂いた時、「この間合いとこの何も無い空間が面白い」と云われました。涙が出そうになり「たまたまキラキラと輝いていたから」と誤魔化したけど何十年も写真と共に暮らしてきた人は凄いなと思いましたよ。“怖い”とも感じました。
その空間には私にとってとても恩のある人が居ます。ファインダーのなかに何時も探します。原風景って目に映る物体じゃなくてもいいよね♪。
私もしぬまでほっつき歩きます。いや、しんでも歩いてます(怖)。

ariariさんが心の原風景を探しながら撮り続けてきたもの・・、「これを使ってよ」と云ってます。

投稿: ベチ | 2011年1月16日 (日) 21:37

自分の撮りたいものが何か 全く定まっていない私には
ふらふら歩いていることが恥ずかしくも思えて
ariariさんのようにしっかりと信念を持って歩き、
撮っていることだけで尊敬の念を持っています。

文字ではなく、写真一枚で伝えること
集大成になるであろう~ariariさんの写真展を楽しみにしています。

投稿: ひなた | 2011年1月16日 (日) 21:59

すっかり街を歩いて撮ることに目覚めました。ariariさんのせいです(笑

電車やバスに乗って、歩いて、撮って、歩いて、撮って。
凄くこれが楽しいんです。
歩けば街が分かるし、車で走って見えないものが見えるのも宝探しっぽい。
もう軸は探しません。でも道は決まりましたよ。
ariariさん追っかけて街撮ります(笑
言葉は悪いですけど、花なら毎年咲きますし、山も自分が生きてる間は
少なくとも消えてなくなることもないでしょうし。
でも建物は突然消えてなくなって、新しくなることもある。
いつか撮ろうと思っても、明日にはなくなっているかもしれない。
街はイキモノという昨日の言葉に深く共感しました。
写したものは何十年か先には記録になっていて、きっとその時の記憶に
なって思い出せるはず。
そのときの楽しみになるように、撮り続けます。

街撮りのスタイルを持ち続けたariariさんの個展、楽しみにしています。

投稿: Rufard | 2011年1月16日 (日) 23:19

共感いただきありがとうございます。

良い表現ですね。
「誰かを喜ばせようというほどの余裕がありません・・・」
「・・・そこは一つ撮り手が楽しんでいると解釈頂ければ」
まったくその通りですし、そうでないと納得するものが得られない。

ariariさんの思い「写真というものは見る人の想像力を奪ってはならない」の通り、僕はariariさんの写真を見るたびに色々なことを思い出します。
若い人たちはどうなのかわからないけど、僕は過去を思い出すのです。
こんなとこに行った、あんなことがあった、・・・色々です。
で、次には「今度あそこに行ってみよう」とか思うのです。
そう思わせる写真っていいですよね。

投稿: しゅんろ~ | 2011年1月16日 (日) 23:47

>ベチさん
ベチさんのお撮りになったあの三笠の光景。本当によかったです。
たぶん、一本メンバー誰が撮るより心に来ました。
当時、あの空間で遊ぶ子供たち、暮らす人が見えました。
あの写真には人が写っていないにも関わらず、です。だから見えたんです。
「想像力を奪わない」
まさに、そんな一枚でしたね。hirosさんの漁港の写真にもそういうものがあります。
一枚の絵から見えてくる、感じる、想像させるというのは絵力がある証拠です。
そういう町の写真を撮られる方が本当にすごいんだと思います。
ベチさんのコメントを頂いて、またセレクトが楽しみになりました。
ありがとうございます!

>ひなたさん
写真にそんな信念などと大げさなものはないのだけど、後付けでできるものがあります。
それが経験値だったりします。とにかくたくさん撮ってみないと見えてこないんです。
ぼくの撮影量なんぞ、全然まだまだだと思うんですよ。日々、撮ることでしか見えません。
誰かに褒められようとか、じゃなく自分が納得するようになると、自然に目が厳しくなります。
伸び盛りの方は、気にいった絵が少なくなるんですよ。それがステップアップの最中。
なので、気負わずとにかく時間があればまずは撮りましょうね。
尊敬するに値する写真家になりたいですね、本当にそう思います。
ますます写真展へのプレッシャーが強まりましたw迷いつつ、楽しみながら選びます。

>Rufardさん
いやー、見つかりましたかwそうですねえ。街のスナップほど簡単なようで難しいものもないかも。
写真はジャンルが多いので様々な狙いどころがあるわけですが、ぼくはとりあえず何でも写せないとなりません。
講師として、あるいは依頼されて撮れないというのはマズイので何とか頑張ってみます。
ネイチャーでもお花でも人並み以上に写せる自信はありますが、それは軸とも違うし。
お花も自然もちゃんと撮ってくれる人がいるから、ぼくじゃなくてもいいかなって。
ヒコーキも鉄もやりますが、記録ではなく情景でありたいとも思います。

街は生き物で、昔の小樽なんかの記録写真を見ると、もう感激しますよね。すごいって。
あれ、あれも大事。ただ、街全体を撮ってくれている方はちゃんといます。
(ainosatoさんの小樽スケッチは将来とても凄い記録になると思います)
だから、ぼくは自分が感じた空間を切ります。小樽に限らず、ですがw
10月に写真展を小樽でやったとき、とある建物の二階部分を切った絵があって、それを欲しいという方がいました。
あの時、本当にうれしくてたまりませんでした。そこにお住まいだったって。
「母に見せたい」と嬉しそうに云って頂けて、ちょっと泣けました。
あんなピンポイントな切り取りが誰かの琴線に触れて、誰かの役に立つ。最高でした。
町全体の写真をあまり撮らないけど、ぼくは自分の好きな角っこを今後も狙うでしょうね。
昔の写真を見て「撮っておけばよかったなあ」なんて云う暇があれば、今から撮るってのが大切で。
撮りすぎたって多すぎることがないのが街の情景なんだとつくづく感じます。

>しゅんろ~さん
写真展用のセレクトに大きなヒントを頂いたような気がします。
自分が楽しめて歩いた町じゃないと他の人に感じるものを与えることはできないですからね。
ぼくはしゅんろ~さんの絵を見て、物凄いピンポイントで呉に行きたくて仕方なくなりました。
桟橋、それも夕暮れの奴を見ただけでいっぺんに呉が好きになりました。
先月富山へ行って渡船に乗った時も、呉に行ったら絶対にあの波止場で撮るんだと片時も忘れずw
だからこそ自分の目で見たい(撮りたいより、まず先にそっちw)という思いが。
ぼくは色々な町を歩くと文化が全然違う町並みでも、なぜだか懐かしさを感じる場面が多いです。
それは、ちょっとした片隅の空間だったり、建物の隙間だったり。
メンドクサイ男ですが、そんなちょっとしたものを見ては泣いたり喜んだり、ですww
誰かの心に触れる一枚をまた目指しますね。

投稿: ariari | 2011年1月17日 (月) 02:10

撮り続けてきた町写真からのセレクト。大変でしょうね。
でも、本当に写真展が楽しみです。
写真展が終わったあとに、ぜひそのセレクト過程というか、ボツ写真の特別講座をお願いしますw。

投稿: ainosato | 2011年1月17日 (月) 05:49

>ainosatoさん
はい、もうすぐプリント依頼しなくちゃならないスケジュールなのです。
とりあえず10枚づつくらいを目安にプリントをお願いする予定です。
(一度に頼むと払えないww)
それなのに、まだ初回分のセレクトが決まらず。というか、およそ50枚を目安に選ぶんですが...
ボツの講座?wwどこでやればいいのでしょう(爆)。

投稿: ariari | 2011年1月17日 (月) 23:15

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