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2009年11月 9日 (月)

写真を見ればわかること。

Imgp4833先日カメラマンの友人から久しぶりに電話があった。

「どう?最近、撮ってる?」

ぼくの友人たち、写真を生業にしている人たちとの挨拶代わりの言葉は大抵こうだ。

「ん、まあまあかな...」

そんな冒頭の挨拶で話が始まる。
その『最近、撮ってる?』というのは、別に写真を撮っていることはもちろん当たり前のことなのだけれど「いい写真が撮れているか?」ということも含め「ちゃんと自分のテーマに沿って撮れているか、あるいは撮り続けているか」ということである。

ぼくの場合、サラリーマン時代を含めて写真に関わることだけで生計を立ててきたのだから今更他のことをしようにも体に染み付いた写真というものがすべてだからやっかいだ。

プライベートな写真というものがやはり本筋と思って取り組んでいる人は、たとえ趣味であろうともマジメな姿勢で真剣に打ち込んでいるわけだから、それをしっかりと人に見せて欲しいと思う。ネットが普及する前、写真を趣味としてやっている人々は自分のお気に入りを誰かに見せることを「特別なこと」として大事にしていたと思う。なかなかそんな機会は少ないし、あってもせいぜい行きつけのカメラ店で、同好の士と見せあうとかコンテストに応募するなどということだったろう。

今はブログと云う手段で、誰もが簡単に自分の写真を披露出来る環境がある。なんて素晴らしいことなのだろうか。久しく会っていない友人のブログを見て「ああ、あいつも『撮っている』なあ」と嬉しく感じたりね。

今日の講座でも、なかなか自分の写真を持ってこない生徒さんがいる。見せたがらない生徒さんもいる。でも、強制はなるべくしたくないのだけど、やはり見せないとダメだ。
写真を見ないとその人が何で悩んでいるのかわからないから。そして迷いも写真を見ると大抵分かる。写真にはその人の考えが詰まっている。血液検査をすれば、体の状態がわかることに似ているかもしれない。

写真を見ればわかる。友人も頑張ってる。ぼくも頑張らないとね、見透かされてしまうから。

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コメント

そう、「まぁまぁかな」なんです。
カッキ~ンとホームラン!とまでは行かないにしてもヒットらしいヒットが出ない。
撮りたいモノよりも撮れるモノに流されちゃってるのかも知れないです。
自分を見つめ直す良い機会になりました。
もっと積極的になってみます。

投稿: しゅんろ~ | 2009年11月 9日 (月) 22:22

最近、土日で撮りに行って、毎週一枚「これは!」とA4サイズでお店プリントしていますが、
みんな微妙な反応をします。ん~、わかってないなぁこの羽毛をあの距離で解像するのは
レンズの分解能ギリギリなのに・・・。
と、誰も共感してもらえない道を突っ走っております。

風景とか人物を撮るのは難しいので苦手です。
町撮りとかも楽しみたいのですが、一度ariariさんに教わりに行かないと。
どうしたらあんなに町撮りを楽しんでる写真が撮れるんでしょう。

何か一つの被写体を写真に撮る方法は無限にあるので、正解というものは無いでしょうが、
その分楽しみ方は無限にあるという事なんですよね。
人が楽しんでいるところを真似して良いとこ取りしても私の人生で楽しみ尽くせると
思えません。せっかくなら楽しそうな事を存分に楽しみたいというのが私のポリシーです。
(そんなのポリシー無い奴じゃないかって?ごもっとも)

鳥の羽の解像を追求したくなったら声を掛けてください。
一緒に迷宮に迷い込みましょう。え、いらんって?

投稿: ぽちぽち | 2009年11月 9日 (月) 23:42

>しゅんろ〜さん
こんばんは。そうですねえ、ホームラン級の写真、なかなか出ないです(笑)。
なんていうのかな、手応えはあったんだけど芯を外していると云いますか(苦笑)。
そんな最近の自分の写真、やはり好きなものにのめり込まないとと感じます。
撮りたいんだ、という気持ちもいいけど、被写体そのものを愛でること、これですね。
写真にも草食系と肉食系があるのかしらん〜と感じてみたり...

>ぽちぽちさん
こんばんは。まあ、写真というのは一種の自己満足みたいなものなのですかね。
誰にも共感されなくても、きっといつかは誰かの目に留まりますよ。ええ、きっと。
自分にそう言い聞かせてますよ<私
鳥の世界にも細かな分類とかあるでしょう。やはり景色とか自然の中にいる野鳥が好きな人もいるし、図鑑みたいな感じのが好きな人も居る。その羽をギンギンに解像させるのが好きな人、いろいろでしょう。写真って好き嫌いですもん。
自分の勉強のため、毎日新しい色々なブログを見ているんですが「なんでこんな写真が?」というブログが人気あったり不思議(爆)。だから写真って何でもありなんす。
町の写真も、町を歩くのが好きじゃないとダメですよね、きっと。私はとにかく町を見たい、人の生活を感じたい、商店街を覗きたい、そんなことばかり。なので撮らないで歩き回ることも凄く多いんです。写真ありき、じゃなくテーマありきで。
なのでちょっとでいいから、自分が住んでいる意外の場所、たとえ電車で30分の場所でいい、そんな場所を歩けば楽しいんじゃないかな。
鳥の羽の解像度ギンギンはとりあえず遠慮しておきます(笑)。工場のパイプラインギンギン解像度には萌えますが(^^;

投稿: ariari | 2009年11月10日 (火) 04:01

>写真って好き嫌いですもん
 そうですね。まったく自己満足なもので。

ひっそりと一人で撮ってルーペで覗いていた時代(笑)から、やがて細々とHPで公開するようになり、
そしてブログへと。。やはり誰かに見てもらいたいというのはありますね。
私の場合は、写真というより、自分が見た風景、出会いの瞬間を見てほしいのかもしれません。
そのことによって、どれだけ日々の生活が楽しく、そして広がったことか。

「写真を撮る」ってのは実は口実で、ホントはあちこち行きたい、いろんな風景を見たいってだけなのかも。。

投稿: hiros | 2009年11月10日 (火) 06:25

>hirosさん
おはようございます。昔って、みんなどうやって写真楽しんでいたのか、今思えば不思議ですわ。今から数十年前、僕らはモノクロが中心で、仲間で持ち寄ってレイアウトしたり批評しあったり。そりゃあ、激しかったし、叩かれ叩いた。なので一本なんか今時凄いよね(笑)。ああやってみんなの写真をちゃんと(かどうかは...)見て、見せる機会を作っているってのが凄いもんです。モニタじゃなく、ちゃんとプリントした「写真」をきちんと見せあうってのをもっとやらんとダメよね。
実際ね、写真なんか撮らなくってもいいなあとか思うんですよ。例えば苫小牧で夜景とか見ているとね、もう写真なんかどうでもよくなって、ずっと見ていたくなるの。撮り終えて撤収すべきなのに、まだ見てる(笑)。写真を撮るから、という口実わかる。どこかに行く理由付けには最適だもの。
出会った景色を誰かに見て欲しいからってのは、もっともです。写真なんか褒められなくていいの。その場所を褒めて欲しい。ぼくの場合、町の写真なら「その町へ行ってみたい」と思ってくれたり、なんだかいい雰囲気の町だなあと思ってくれたらOK。写真なんかそんなもん。

投稿: ariari | 2009年11月10日 (火) 07:24

hiros感激!じゃなくて、hiros正直!

そう『街をねり歩く』ってのは実は口実で、ホントは様々なシチュエーションの下、沢山の女性の脚線美を眺めていたいだけ、なのかも…

いや、『なのかも』じゃない。俺の場合は『なんでちゅ』と断言すべきであろう。

で、共犯者は誰でちゅか?

投稿: hurryblood | 2009年11月10日 (火) 20:04

>hurryさん
あーあ、またこれでダメだ。

投稿: ariari | 2009年11月10日 (火) 23:14

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