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2008年12月18日 (木)

今だから話せるデジタルカメラのお話【1】

私がここのブログでデジタルカメラの事を「デジカメ」と略さない事に気がついている方はいました?(笑)「デジカメ」は三洋電機の登録商標ですから、他社は使う事ができません。ただし、固有名詞として一般化してしまったので、普通に雑誌やウェブで使うには問題がないということ、それに他社が自社の固有の機種を指さない限り一般的に使う事は認められています。例えば富士フイルムでも「デジカメプリント」と呼ぶ事は問題がないという事です。
それほど「デジカメ」が一般化された昨今、私の経験を踏まえて、今だからお話しできることをちょっとづつ掲載して行こうかなと思います。つまんない話はスルーして下さい(笑)。

1991年、今から17年前に世界で初めてのデジタルカメラが富士フイルムから発売になりました。その機種「DS-100」は画素数わずか30万画素、しかも記録方式は独自方式でJPEGなどではありません。それは当時、デジタル画像など扱えるパソコンがほとんどなく、JPEGなどという記録方式がまだ確立しない時代でした。

Fujixds100

しかしDS-100は三倍ズームで、レンズ交換は出来ませんが一眼レフ形式だったことで使い勝手は悪くありませんでした。ただし、まだ記録するためのメモリーカードも規格がなく(当たり前ですが)独自のメモリーカードでした。8Mbit(メガバイトではない)、つまり1MBでカードの価格も設計段階では100万円とか云われており、しかもコイン型リチウム電池を入れておかなければ画像が消えてしまうというものでした。フラッシュメモリーが開発されるまで、あと少しという段階だったのです。デジタルカメラのメモリーカードは東芝との共同開発で、たまたま私の従弟がそれに携わっていたこともありました。当時、彼から「極秘だから言えないけど、オマエの会社と何やらやっているらしい」とこっそり打ち明けられました。「知ってるよ、デジタルカメラ用のフラッシュメモリーカードだろ?」と私。「えーっ、何で知っているの?」...そりゃ、当たり前ですって(笑)。当時、COCOMという対共産圏輸出統制委員会の統制もあり、デジタルカメラは大変機密性が高いものでしたから、開発部署も出張でこっちに来る場合、本当にアタッシュケースに手錠をかけて持ってきました。また、空港で中身を見せる事も拒んで別室でこっそり、っていうケースもあったとか。

因みにこのDS-100、確かカメラ本体55万円、パソコンへ画像を転送するためのプロセッサーというのが必要で、これまた50万円、メモリーカードが1MBで20万円くらいだったかと記憶しています。誰が買うんだよっ!と突っ込まれそうでしたが、デジタルカメラは、まだ特殊な業務用として発売されていた時代です。一般的なパソコンでは画像の取り込みなどできる訳もない時代でした。(画像データは30万画素で約900KBでしたが、それでも当時は扱えないほどのとても大きなデータだったのです)画像データはCMPという規格で拡張子も.cmpでした。因みにデジタルカメラは、当時ビデオ出力からの映像をキャプチャする方式が一般的で、直接画像をデジタルで読み込むケースは少なかったです。なぜならば、画像を扱えるパソコンはMacintoshしかなく、それでさえ100万円もしたんですから。その画像展開にはadobe photoshop用プラグインが必要で、それまた数万円(爆)。今では当たり前のPhotoshopのVer1.0が発売になったばかりで、それもMac用しかありませんでした。

このカメラは北海道で数台しか売れませんでしたね。購入したのは企業で、データベース用にお使いでした。パソコンの高度な知識がなければ、セットアップもできない複雑さが私たちを泣かせる事になりましたけど...
そのDS-100、会社を辞める時に後輩に「廃棄処分にするよう」命じましたが、今思えば世界で最初のデジタルカメラでしたから保存すればよかったかなと後悔しています。ただし、稼働させることができませんので、仕方なかったかな。

-2-へ続く(いつになるか)

※富士フイルムから新しいネガカラー発売になります。びっくりですね、まだどっこいフィルムは頑張っていますよ!ぜひ使ってみたいです。

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コメント

んー、凄い話ですねぇ、といいながら、新しいフイルムに反応してしまいます。
これはVenus400と入れ替わりになるんでしょうか?
個人的に「日本人の肌色をいきいきと美しく!」というところに魅かれますね(笑)
おねえさんの肌がいっそう美しくなるのか(笑)
いいなぁ(^_^;)

投稿: 本部長 | 2008年12月18日 (木) 23:19

約20年前。そういう時代でしたね。
僕が仕事で扱っていたコンピュータも何十億円もしていたし、

当時のパンチ式のプリンターも1台1億円でした。。。(^^;
畳1畳ほどの大きさで高さも180cmくらいあったでしょうか。。。(^^;

8インチフロッピーディスク(スクーターのタイヤくらいの大きさ)は
128メガバイトしか容量がなかったし。。。(^^;

カードリーダで1行分たった80文字のプログラムの命令を入力するカードは
1000円札くらいの大きさの1枚の硬紙でした。(爆)

マシン室へ、プログラムをテストするためにもっていくカードの量は、、、、
アタッシュケース一杯のカード。。。(^^; まるで3億円事件の犯人ですな(^^;

そんな基礎技術があって、今の高性能な情報機器が生きているんですね~。

すみません。長くなって。。。懐かしさしみじみ。。。

投稿: 金太郎 | 2008年12月19日 (金) 00:38

カメラに詳しくない俺でもヒジョーに興味深い話で楽しいですね。

デジカメがr-markだったのは驚きました。

昔、MTB(マウンテンバイク)が登録商標だったので、対策としてATB(オールテラインバイク)と呼んでいたのを思い出しましたが、当時、版権者が『MTB普及の為に許します』みたいな事を言ってましたね。

投稿: hurryblood | 2008年12月19日 (金) 01:51

へ~~~なお話ありがとうございます。

おかげで、どんどん写真の魅力に惹かれてしまっている今日この頃です。

第2話も楽しみにしています。

投稿: ショップミツウマ店長 | 2008年12月19日 (金) 13:48

>本部長さん
こんばんは。今度の新製品は、たぶん今までと入れ替えですね。ラインアップは減らすって云っていましたから。400はX-TRAと、このフィルムかな。
早く使ってみたいんですが、肌色以外にオーバーに強いというのがいいです。デジタルの泣き所をフィルムがカバーするってのが正しい進化かも。

>金ちゃん
こんばんは。技術の進歩を止めてしまえば商業的にも厳しい世の中ですからね。世界と戦う訳ですから、こういう進化は今後も続くんじゃないかと思います。
ただ、家電業界のイヤな所は、進歩が行き詰まるとすぐに規格を変更しちゃって、また新たなものへ移行するってのが最悪です。ユーザーの事より企業利益しか考えていないもの。哀しいよね。

>hurryさん
こんばんは。マウンテンバイクも全く同じです。ゲイリーフィッシャーさんがね、発売しちゃってから、特にヨーロッパのメーカーが反発しちゃって。特にプジョさんが「ATB」ってずっと言っていました。
もっとも市販の「MTB」と呼ばれている自転車の大半はMTBの基準を満たしておらず、フレームには「競技や悪路での御使用はお避け下さい」って書いてあります。うちのは競技用なので問題ないけど、型が古いので恥ずかしい...

>ショップミツウマ店長さん
こんばんは、そしてお誕生日おめでとうございます。まだお若くて羨ましいです。
まだ難しい話も続きますが、もうすぐ笑える話も出てきますので、今後とも宜しくお願いします〜〜

投稿: ariari | 2008年12月19日 (金) 23:06

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