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2008年12月20日 (土)

今だから話せるデジタルカメラのお話【3】

始めたからには続けます(爆)。止まらないから。文字ばっかでつまんないでしょ?
でも、ね、たまには読み物も悪くなくってよ〜

さて、前回の続き、医療向けのお話をするならば少々お話を遡る必要があります。デジタルカメラが出る前に、実は似たようなカメラがあったのをご存知でしょうか。「電子スチルカメラ」と云いまして、これをぶち上げたのは天下のソニーさん。「マビカ」というカメラを1981年に開発発表したんですよ。いわゆるフロッピーディスク、それも小型の2インチディスクを用いてビデオの静止画を記録するもの。これには写真界に激震が走り「マビカショック」という言葉さえあったんです。つまり「フィルムの要らないカメラがやってくる!」と、写真業界は大慌てだったんです。「ああ、もうカメラ店はだめだ!」と、早々閉めた店もあったんですよ、どんだけショックかと(まあ、他に閉めた理由もあったんだろうが)。
この規格、フロッピーディスクに静止画像を記録しますが、ビデオ映像の静止版ですから当然アナログ。日本のテレビ放送(アナログ)は一コマが1/60で出来ており、これを二枚合わせてようやく一枚の静止画になります。この1/30の映像を「フレーム」と云います。1/60はフィールド、と呼ぶのですが、まあ、この話はいいか。
その電子スチルカメラが実際に業務用途に販売されて、ソニー MVC-C1、キヤノンなどからも発売になりました。富士フイルムは1987年に「ES-1」という電子スチルカメラが発売になって、これが実質、富士フイルムの電子カメラ一号機になるわけです。うちにあるから、見たい人見せてあげます(爆)。

この電子スチルカメラやシステム達が、医療関係者、それも歯科の目に留まった訳です。なので、電子スチルカメラの用途は圧倒的に歯医者さんが多かったんです。デジタルカメラは、この電子スチルカメラよりも高画質で、なおかつ将来を見据えたシステムとして開発されたものです。富士フイルムがこんなもん作ったら、フィルムが売れなくなるでしょう、なんて言われたものですが、富士フイルムがやらなくてもソニーがでてくることは目に見えていましたし、早くやったもん勝ち、ということだったのではないかと思います。
実際、このデジタルカメラによって写真の世界はこんなにも急激に変わることになるとは、当時は予測していなかったのです。

デジタルカメラの発売により、電子スチルカメラやシステムは姿を消しますが、まあ一般の家庭には普及することもなく消えてゆくのは当然だったと思います。富士フイルムのサービスで「写真をテレビしましょ」という「テレビフォトシステム」も発売したんですが、まったく売れませんでした。今で云えば「フジカラーCD」みたいにネガや写真から2インチのフロッピーディスクに画像を記録して、テレビフォトプレーヤーで見る、というものです。このプレーヤーも全然売れなかったんですが、社員の結婚式に引き出物として使った人がいて大ひんしゅくだったらしいです(爆)。(マジで結婚式場のゴミ捨て場に捨てた人もいたって)
まあ、その後もAPSというフィルムが出たとき、現像したネガをテレビで見るプレーヤーが発売されたけど、やっぱり売れなかった(^^;懲りない会社。

このような電子スチルカメラを経てデジタルカメラの開発につながったわけですが、まあ、皆さんの知らない製品がいかに多くこの世にはあったということですよね。電子スチルカメラだって、そんなに売れなかったし、おまけに量産ができず、当時仙台の工場で一台一台職人が手作りをしていたんですから、ずいぶんアナログな世界でございました。

写真業界というのは比較的規格がコロコロ変わらないシステムを考えますが、家電業界は本当にユーザー無視のエゴむき出し規格競争をやっては失敗を繰り返しますね。古い所ではビデオのVHSとβ、テープレコーダーのエルカセットやDATとDCC、レーザーディスクとVHD、最近ではHD-DVDとブルーレィ...消えてゆく規格を支持した人は哀しいっすね<ワシはβユーザー
デジタルカメラも、家電業界にイニシアチブを取られると「ヤバい」ということもあって写真業界も真剣に戦っているのです。

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コメント

(´;ω;`)ウウ・・・先生ピンチです 連絡下さい 電話番号書いてもいいですか

投稿: ごぢば | 2008年12月20日 (土) 20:25

おお!DATあったね!一生忘れてたかもですよ!(笑)

で、電子スチルカメラとやら。

国産でハンドメイドだなんて随分ゼータクなカメラだったんですねぇ。

投稿: hurryblood | 2008年12月20日 (土) 21:00

さすが先生 勉強になりました ありがとうございます

投稿: ごぢば | 2008年12月20日 (土) 21:14

>ごぢばさん
こんばんはー。ん?ピンチ??
お急ぎでしたら、えーと、photo:modeへ非公開コメントで書き込んで下さい〜
http://ariaribox.exblog.jp/
「非公開コメント」にチェック入れて下さいね。

>hurryさん
こんばんはー。DATは今でも業務用として残っていますね。DCCはあっという間に消え、今ではMDさえ瀕死の重傷とか。
電子スチルカメラのサムライもあっただよ(笑)。ハンドメイドするしか、方法がなかったの。だって、流れ作業なら作り過ぎちゃう(爆)。

投稿: ariari | 2008年12月20日 (土) 21:16

テレビフォトシステムは3台も買いました。
一番の愚作は、APSでしょうね。

投稿: TAKA | 2008年12月20日 (土) 21:24

面白いから、ずぅ~と続けて!

マビカとかLカセット・・・懐かしいナぁ~♪

「Super Hi-bandβⅠs」なんて云うビデヲデッキが働く機会もないまま、時計代わりとなってる(>_<)

投稿: Snobo海苔で~すッ! | 2008年12月20日 (土) 22:05

あの・・・テレビフォトシステムのプレーヤーですが、リクルーターの時に、研究室にお土産で持って行きました。その研究室からの入社はボクが最後でした。。。
DATはDDSとしてどっこい生き残ってますですネ。アラミドフィルムの消費の大半がDDS-3/4ですから(○レの独壇場ですね)
ビデオフロッピーの塗布試作に立ち会ったことあります。(意味不明)

投稿: ぺるの~ | 2008年12月20日 (土) 22:21

>TAKAさん
こんばんは。え。三台...それ、何の罰ですか(笑)。

>海苔さん
こんばんは。いやー、エルカセットは画期的でしたけど、しょーもないですよね。
ビデオみたいな大きさでした。ハイバンドベータウチにもありますよ。ビデオカメラもあります(笑)。負け組_| ̄|○

>ぺるの〜さん
こんばんは〜〜!いやー、びっくり!!見ていて頂いていたんですね。
すごい嬉しいです。
DDSは今でも使われているんですね。大容量のストレージとしては現役なのが嬉しいです。
薄膜塗布技術は世界最高だと思います。
今でもO市におられるんですね〜〜

投稿: ariari | 2008年12月21日 (日) 21:11

>ありありさん
ずっと拝見しております。ありありさんの写真、素敵ですからネ。
私はO市の工場からA市の工場に異動になりました。
工場といっても私は現場から離れて知財部門で発明のお手伝いをしております。

投稿: ぺるの~ | 2008年12月21日 (日) 22:30

>ぺるの〜さん
こんばんは。え、素敵ですか?(笑)あんまり言われていないので素直に嬉しい。。。
あ、アソコへ行きましたか。んん、そうですかあ。
色々変わってしまい思う事ありますが、なぜか今でもそこの会社の仕事している自分が妙におかしいです。

投稿: ariari | 2008年12月21日 (日) 23:06

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