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2008年12月23日 (火)

今だから話せるデジタルカメラのお話【6】

<時代はメガピクセルへ>
1997年は、様々なメーカーからデジタルカメラが発売になりました。この頃は凄かったですね、もう「このビジネスチャンスに乗り遅れるな!」とばかりに今までガーガー眠っていたようなメーカーなんかも飛び起きて、デジタルカメラという名の高速電車へ飛び乗ったような印象があります。カメラメーカーはもちろん、家電メーカーも続々発売を開始。ソニーや松下(現パナソニック)は当然、日立、三菱、東芝、シャープ、NEC、三洋、ビクター、エプソン...小規模な通販主体のメーカーを含めれば30社ほどのブランドが入り乱れ始めましたから。特に松下は松下電器の他、九州松下、松下寿電子からも発売されたんで、もうムチャクチャですわ。
まあ、それらのデジタルカメラの画質はどう?って聞くだけ野暮なモンがどっかどか。しかも、困った事に記録メディアもスマートメディアの他に、インテルがぶち上げたミニチュアカードなんてーのもありました。結局すぐにポシャったんですけどね<ホント困るよ、こういうの。
その各社デジタルカメラを乗せた高速電車をぶっちぎったのがメガピクセル、つまり100万画素のデジタルカメラ。いや、すでに一眼レフで100万画素オーバーはDS-505などで売られていたわけですが一般に手が届いた機種ではなかったのです。「DS-300」は248,000円で140万画素ということで、非常に話題になりました。大きな筐体でしたが、新聞社や出版関係、ジャーナリストにも使われたカメラでしたが、まだ液晶モニタを内蔵していなかったのです。しかし、オートフォーカスが非常に正確で確認しなくても信頼できるほどの高性能でした。それはそうです。このDS-300は、富士フイルムの中判カメラ「GA645」をベースに作られたカメラだったからです。

Fuji1
そしていよいよ決定版ともいえる「FinePix700」が1998春に発売になります。130万画素、スタイリッシュなFinePix700は、それこそ爆発的に売れました。各社が弁当箱のような100万画素機だった頃に、シャツのポケットにも入る大きさの130万画素デジタルカメラでしたから。このデザインはソニーさえ悔しがったと聞いています。
このPC-Watchの記事は山田久美夫さんが札幌に来られた時に撮影したもの。そのとき、夜に一緒に飯を食いに行ったんですけど、まあ、山田さんってば本物のオタク(笑)でしたね。もう、話が弾んでオーディオの話とかすっげー濃い話題で盛り上がりました。

FinePix700は超小型メガピクセルの先陣を切ったカメラでしたが開発にはかなり苦労したと聞いています。まずレンズですが、高画素に耐える解像度を持つレンズは相当苦心したのです。当時、フィルム一眼レフのレンズで解像度が50本/mm前後でした。(一ミリの中に白黒の線が何本解像しているか、という定義です)小型CCDでメガピクセルを実現するには150本/mmは必要だったとか。そこで、170本/mmを達成したそうです。
このFinePix700の絵は、ブログ程度なら今でも十分使えるんじゃないかと思います。もう、発売した時は、あまりの反響で電話問い合わせでパニック状態だったんですよ。因みにこの歴史的なFinePix700のシリアルナンバー000001は札幌にデモ機としてやってきました。試作品、でしたが正真正銘の一号機。しかし、同僚が転勤の時に「これは絶対に譲れない」とばかりに持って行きました(爆)。くっそー!!まあ、きっと彼の会社の机の中にひっそり眠っているんでしょうが。

また、このFinePix700が発売されたとき、もう一つの仕事が私を待っていました。

建設CALSという言葉をご存知でしょうか?ニッポンの工事は金がかかり過ぎだよ、と米国からの内政干渉(笑)で、工事の入札、発注、設計、施行、そして進捗状況、から完成までをデジタル化してデータベースを構築せよと。当然工事写真はデジタルOKになりました。この流れに、とりわけ土木業者が大慌て。国の発注工事が、いずれすべてCALS/ECへ向かうというので準備をしなくてはなりません。そこで富士フイルムは工事用デジタルカメラを発売します。
FinePix700をベースに、一部機能を変更し防水防塵、そして大型フラッシュを内蔵したケースへ入れるスタイルにしたDS-250HDを発売しました。フィルムの工事用カメラはコニカの現場監督にやられっぱなし、だったんでデジタルでは絶対にイニシアチブを取るんだ!という大号令のもと、「オマエは三都主(サントス)だ!」と私は上長からワケワカの指令を受けて建設業界へぶち込まれました。まったく畑違いの業界に飛び込んでしまい、北海道建設業協会を始めとする、各市町村の建設業協会へ飛び込み営業やったり、建設関連の機材を扱う商社と一緒にお仕事をさせて頂きました。
とりわけ建設CALSソフトを扱う会社とは親密に連携し、各地の建設CALSセミナーへ一緒に出向いて説明をしたり、北海道内の職業訓練施設へ講師として工事写真セミナーを行うなど、徹底的にやったおかげで工事写真用デジタルカメラBIGJOBシリーズは大成功をおさめました。売り上げも、東京、大阪に続いて全国三位を叩き出しまして、日々かなり忙しかったです。なにせ建設CALSそのものの勉強もして、業者さんへセミナーをするほどまでになったわけですから。
その後、BIGJOBシリーズのDS-230HDという機種では、私を含む業者さんたちの意見を取り入れて頂いたカメラへと進化しました。個人的に、この建設CALSの仕事がとても楽しかったですね。クレームなんかがあったら現場までふっ飛んで行くほど大変でしたが、ユーザーの顔を見て仕事ができることに幸せを感じていましたから。

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コメント

かっこいいぞ、a。

投稿: hurryblood | 2008年12月24日 (水) 01:17

>hurryさん
こんばんはー。眠いよ。ありがと、昔は格好よかったらしいし(爆)。

投稿: ariari@仕事ちう | 2008年12月24日 (水) 03:19

CALS、テラなつかしす。CORINSとか。
建設原価やったお陰で経理が良くわかるようになった。
同じころ、SIUのPROCESS売ってましたよ。

それにしてもデジカメ現場写真管理システムって、導入に時間がかかりましたよね。
役人の頭の固さと来たら、同じ人間とは思えなかった。

海峡を超えた地は、相変わらず先進的と感じます。

投稿: やじろじゃ~ | 2008年12月25日 (木) 11:08

>やじろじゃ〜さん
こんばんは、お初でしょうか?ありがとうございます。
あの頃の工事写真管理システムは、まだ未完成の部分が多く、毎年改定され続けて大変でした。
まあ、お役所の得意である「(案)」が、必ずタイトルについていましたし(笑)。
国土交通省の旗揚げで国の発注工事はデジタル化を行い、結局2006年までに各自治体で導入を始めるまでドタバタがありましたっけ。

投稿: ariari | 2008年12月25日 (木) 20:42

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