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2008年12月31日 (水)

感謝!

感謝!
無事にいつもの宿でのんびりしています。今回は至ってシンプルなコースで花巻にやってきました…雪の角館?いやいや、スルー(笑)。
大館に降り立って、いつもの魚屋さんにご挨拶。土産渡して今年の御礼。また、花屋のおばちゃんにも写真と土産渡してご挨拶。しばし談笑。
その後は花輪線に乗り換え、車でしか普段立ち寄らない鹿角に降り立って雪の中を歩きました…あまり撮影しなかったけど。
そして盛岡から新幹線で北上(ほくじょう、じゃないですよ)、降り立つ事もなく在来線で花巻。

今回はカメラもK200Dとモノクロ専用の500円テッサー。シンプルやねー。
思えば9月の合宿と10月の補習でさんざん歩いたから、今回はクールダウンかな(爆)…今更東北に来たことで感動もせず、ただ当たり前に過ごすというのもいいものです。
そうして今年一年を振り返ります。
よい一年でした。とりあえず無事に過ごせたこと、たくさん写真も撮れたこと。そして一本写真展ができたこと…
こうして大晦日を迎えることができたのは、本当に皆様の支えがあってこそです。心より御礼申し上げます。
世間ではとんでもない不景気に巻き込まれ、大変な一年でした。私も貧乏が加速しまして、こうして東北に来れるのもしばらくなさそうですー。

それでも信念を持ち、続ければ何かしら見えてくると思います。

皆様もどうぞよいお年をお迎え下さい。

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昼ご飯

昼ご飯
やっぱりコレだ!

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石狩で昼遊び【3】

さすがに年末年始は皆さんお忙しいですね。私もです(笑)。
今夜22時に札幌を発ちます。いつもの宿で年越しをしてきますが、途中の行程は未定、行き当たりばったりなのでどこを歩くか列車の中で考えますが、どうせそうパターンは多くないのです。久しぶりに花輪線で移動しようかなあ、なんて。

さて、28日の撮影、石狩ですけどやっと目的地「濃昼(ごきびる)」へ到着。なんだか凄い名前ですけど、昔で云えば厚田村と浜益村の丁度境界線近くにある集落でした。今は石狩市浜益区になっています。ただし、厚田区にも濃昼があり、ちょっと離れた所に世帯があります。

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濃昼はウミネコがいっぱい。ここは漁港なのです。


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防波堤があるのに、この激しい波。

だって、風速11m/sだもん(泣)。

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木の葉のように揺れる漁船。(って、わからんね)
実は、我々にも波しぶきが襲い、このまま撮影しているとカメラも人間も塩漬けになりそう。


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もう使われていないのかな、碇が放置されている。


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漁網などを収納している廃トラック。


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岩には波でできたつららも。ここまで海に近づいたおかげで、とうとうカメラもレンズも潮まみれになる。当然、顔もしょっぱい。

『これ以上ここに居るのは無理ですね』ainosatoさんと車へ戻りカメラのお手入れ。風がとにかく強すぎて撮影どころじゃなくなった。

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集落の奥に佇む濃昼中学校。今はもう通う生徒はいない。


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人が住んでいるようだ。


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小学校も兼ねていたらしい。門柱は風化寸前。

今から10年近い頃に一度訪れたことのある濃昼、しかし集落に人はほとんどいない。家を写そうかとも思ったのだけど、とにかく外に居るのが困難なほど。

11月現在の石狩市広報を調べると、この浜益区濃昼で世帯数が18で36人。つまり、今は子供はいないご夫婦が多いのか。厚田区の濃昼に至っては世帯が4、人口10人だ。

もう一度、濃昼には来なければなりません。

PENTAX K200D  DA18-55/3.5-5.6 AL II、DA50-200/4-5.6 ED

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2008年12月30日 (火)

石狩で昼遊び【2】

しっかし、なんでこんな厳しい日に石狩なのか。
その理由は簡単。冬の日本海が穏やかじゃ絵にならん!...と勝手に決めちゃったわけです。実は年明け早々も教室が入っています。初心者向けの一眼レフ教室で講義するネタを仕入れないとなりません。(なので、K200Dとキットレンズなんですが)

常々生徒さんには「冬に撮るモンがないなんてダメだよ。冬こそ冬らしい写真を」なんてエラそーに云っている訳ですからして、講師としては逃げちゃヤバいでしょ。

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ううう、寒そうね。


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どどーん、ぱ。


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暮らしに〒。


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どんなに厳しい環境でも逃げ出す事が出来る訳もなく、ここで暮らす人々を想う。

今回は小難しい構図などを一切考えず。なぜならば、生徒さんが持っている機材で、まず印象的な所だけを撮るスタイルを見せるためです。
教材とは、そういうものなのです。。。

それにしても、今年もとうとうあと一日ですか。早いです。

年賀状を書く時間がとうとうありませんでした。やらねばならないコトがちょっと多すぎました。なのに、これから逃亡するなんて酷い奴です。

PENTAX K200D  DA18-55/3.5-5.6 AL II、DA50-200/4-5.6 ED

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2008年12月29日 (月)

今だから話せるデジタルカメラのお話【8】

<高機能カメラの登場>
デジタルカメラが一般的に広がってくると、当然各社の新製品がヒートアップしてきます。単焦点のレンズが一般的だったデジタルカメラも、ズーム付きが登場します。
今では最低でも三倍ズームクラスのレンズを搭載しているデジタルカメラが当たり前ですが、1999年頃はまだ単焦点が多かったんです。
コンパクトタイプでもズーム付きが登場すると、さらに高倍率ズームのデジタルカメラが発売になりました。2000年には、一眼レフを意識した高機能モデル「Finepix 4900z」が発売になり、作品づくりを本格的に行うユーザーに人気がありました。
しかし、このモデル実はやはりというか、業務用やプロにも使われました。相変わらず医療関係ではズームがついたことで手術の記録などにも使われました。業務用では、新聞社にも使われ始めたのです。新聞社なら、一眼レフじゃないの?いえいえ、新聞社のカメラマンではなく一般の記者や支局の記者、それに地方新聞や業界新聞などでは専属のカメラマンがいませんのでアマチュアにも使える高機能なカメラが必要になったのです。そんな用途にはFinePix 4900zが非常に好都合だったようです。
その後、このシリーズは「FinePix 6900Z、S602、S7000」へと進化を続けますが、途中面白いエピソードがありました。一般的にこのクラスのカメラは新型になれば小型軽量になるはずなのに、6900ZからS602へモデルチェンジした際に大きくなっています。その理由は「小さいカメラだと、はったりが効かない」のだとか。というのも、新聞社などで取材に行くと、コンパクトなカメラで行くと「えー?カメラってそれですかぁ?」なんて取材先でバカにされる事もあったとか。また、機能が多くなってしまうとボタン類の操作がしにくいということもあり、操作もしやすく本格的なカメラに見えるデザイン、とのことでプロの方などの意見を取り入れて設計されました。
当時は、やっと本格的な一眼レフも発売になっていますが、まだ300万画素程度でしかも60万円ほどの価格でしたから、このようなFinepix Sシリーズが業務用途に非常に多く使われたのも納得がいきます。残念ながら今では一眼レフが安価になっているので、この手の一眼レフに見える高機能型デジタルカメラは、あまりニーズがない時代なのかもしれません。
高機能とはちょっと指向が異なりますが、デジタルカメラにミュージックプレーヤーを内蔵させた「FinePix 40i」が発売になったのも、この頃でした。appleのiPodが発売になる一年前でしたから、なかなか進んでいたのではと思いますが、スマートメディアに音楽をダウンロードするため、まだ高価だったメモリーカードが多数必要になることもあって本格的なプレーヤーに変わる事はありませんでしたけど。
今のデジタルカメラは高画素競争に終始している感じがありますが、遊び心があったこの頃のカメラは、なんとなくホンワカしちゃうんですよ。

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2008年12月28日 (日)

石狩で昼遊び【1】

たまには昼の写真が撮りたい!雪の漁港が撮りたい!
そう思ってainosatoさんを拉致して石狩北部へ向かったのだ。

家へ戻って気がついたよ。

『石狩北部波浪警報、風雪注意報』

なるほど....そりゃあ、確かにムチャクチャ寒いわ、飛ばされそうになるわ。
知っていたら行かなかったか?いや、行くね。ainosatoさんには言わないで(笑)。

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まずは石狩市厚田区望来から。
白い。


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外を歩いている人がほとんどいない。
車もほとんどすれ違わない。

そりゃ、警報出ているのに遊ぶ奴がバカだった。


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激しく電線が縄跳び。
天気晴朗...なわけもなく、当然波高し。カメラを水平に構えるのがこんなに難しいなんて。
この日の風は西北西だもん、厳しいっす。


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続いて厚田区嶺泊の集落へ向かったが...
ここにはほとんど人が住んでいなかった。二軒ほどの世帯があったかな。


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廃屋も哀愁。

しかし「写真じゃ、この激しい天候を伝えるのは難しいよねー」と話しつつ、それでも冬のシーンを撮りたい一心で飛ばされそうになるのをこらえ、オヤヂニ名はさらに北へ進むのだ。

PENTAX K200D  DA 18-55/3.5-5.6 AL II

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2008年12月27日 (土)

今だから話せるデジタルカメラのお話【7】

本日ニ発目。なにせネタがこれからも少なくなりそうで。

<高画素の問題>
メガピクセル、つまり100万画素を超えるデジタルカメラが一般的になると、カメラとしての性能が求められるようになってきました。ただ写ればいい、というだけではなく機能や性能もユーザーは求めてきます。カメラである以上画質、そして発色が大切になってきたのです。100万画素を超えれば当然プリントという需要が出てきますから、それは当然だったのです。
そして、1999年、時代は200万画素へ。FinePix2700は700譲りのコンパクトなデザインを持ちつつ、高画素化を果たしました。富士フイルムの「画質優先指向」が評価されて人気も凄かったです。その人気を支えていたのは藤原紀香さんのコマーシャル、ということもありましたね。
ここで面白いエピソードを。今だからこその話ですが、彼女のスチル撮影、つまりカタログや販促に使用するものに使う藤原紀香さんの撮影を行っているスタジオでの出来事です。撮影の合間、休憩などの時間に彼女が自らFinePix2700を持ち、色々撮影して遊んでいたらしいのです。時には自分の顔を写したり、それも口をタコみたいにしてヘンな顔を撮っていたんですよ。それは、その時、スタッフも気がつかなかったようでした。
なぜ、それが解ったのか。実は、その時に使われていたデジタルカメラは本社の備品だったんですけど、その後、とあるお店へデモ機として貸し出されたのですが、
なんとデータが消されることがなく、そのままお店へ。驚いたのは店員さん。「うわー、なんだこれは!!」こりゃ、流出したら色々問題でしょう、と消したそうです。もっとも、そんな妙な絵ではなかったんですけどね。良識ある店員さんでよかったのですが、消す前にこっそり4カットだけプリントしたんですな(笑)。その写真を私、見せてもらった事があるんですけど...いやー、藤原紀香さんって本当に飾らない人であることがよくわかる写真でした。

さて、高画素化による問題点も色々出てきました。それはデータ量の多さによってパソコンが追いつかないことが多かったのです。実は、当時、まだサポートセンターが稼働せず、ユーザーからの問い合わせはすべて営業所に回ってきました。カタログや説明書には本社だけではなく、各営業所の電話番号も載っていた時代です。(家電メーカーは基本的に問い合わせ用の電話番号しか載っていません)おかげでDS-20あたりの発売から営業所の電話はデジタルカメラの問い合わせで大変でした。
特に多かったのがパソコンへの画像転送で、非常にこれが大変だったわけです。まだWindows98とかの時代ですから勝手にファイルを認識して取り込むようなガイドはありません。また困ったのは札幌営業所の電話番号が本社の次だったから、本社にかけてもつながらないとばかりに札幌にバシバシ電話がかかってきました。ナンバーズディスプレイですから電話番号を見ると、北海道外、それも九州からの問い合わせなんかも多かったです。
札幌では電子映像、それもアマチュア向けのスタッフは私ともう一人しかおらず、一度着座してデスクワーク始めると、もう電話対応に追われて毎日ドタバタでございました。お店へ聞いても「うちは売るだけなので、詳しい事はメーカーへ」と投げ出す量販店ばかりでしたからね。
どうやってもわからないから、なんとかして!と怒り出すお客さんも少なからずおりました。もう、電話の向こうで泣いている人も。私は何度か、お客様のご自宅まで出向いて操作を教えましたよ、もうどうしようもなくて困っている人も多くて。あるおばあちゃん、「本当にありがとう!」と手を取って喜んでくれてお土産だとみかんやら落花生なんかを持たせてくれてね。
まあ、それほどパソコンへ画像を入れてサクサク動かせるなんて、まだ難しい時代だったのかもしれません。画素数が大きくなれば、そのままワープロや表計算に貼付けるととんでもないことになっていましたから。おかげで、デジタルカメラ以外にもパソコンソフトの操作まで教えなくちゃならないことが続きました。マイ○ロソフトさん、サポート料頂くよ!!ってね。

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恋人(いない)パーク。

今日も所用で色々お出かけでしたが、まあ、あちこち大雪の影響で渋滞がひどかったです。まだ除雪もしっかりされていないので道幅が狭いので致し方ないのですが。

旧国道5号線を小樽方面へ走っていると、札樽道手前に「石屋製菓・白い恋人パーク」があります。いつも通りかかってはいるけど、入った事はありません。が、妙にイルミネーションが気になって急遽左折し、駐車場へ。買い物をすれば1000円の駐車料(高い)がタダだそうだ。

あんまり時間がなかったんで、ささっと撮影して、土産を買う。

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クリスマスは終わったけど、ツリーには電球がいっぱい。LEDじゃない光はやはりホッとします。


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ここは、冬が絶対にいいと思います!
「白い恋人」の名前にぴったりですからね、恋人のいない人も来てみてはどうかと。

しかし、やっぱり恋人同士が似合いそうなパークなのであった。

「彼女と二人で〜〜〜え〜〜え〜〜...恋人パークでうっと〜〜〜り〜〜〜〜...白い恋人を嬉しそうに食べる〜〜〜う〜〜〜う〜〜...彼女の横顔〜〜〜お〜〜〜〜ぉ〜〜〜...何だか今夜イケそうな気がする〜〜〜〜〜」
あると思います!

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こうして見ると、ほとんど人がいないように見せますが、実は観光客でいっぱい。たまたま人が居ない時に写しただけなのです。
日本語以外の言葉も飛び交っています。あー、インターナショナルな白い恋人。

今は、北海道のお菓子は有名なのも通販で買えちゃう。六花亭もロイズも、お取り寄せができますが、「白い恋人」は絶対に北海道でしか売らないということもあって、色々不祥事もありましたが相変わらずお土産での人気は高いそうです。


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工場見学には600円の入場料がかかるけど、何やら元が取れそうな土産があるという話。中身はわかんないけど、女子の団体が紙袋の中を見て「あー、これ、土産にもいいよねー!」なんて話をしておった。そうか、やっぱり見学か。
でも、一人で見学するのはいやなので、誰か今度一緒に入ろうぜ。


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トナカイのイルミネーションもいい。でも、このトナカイ、首が動くのでスローシャッターだとたぶんぶれますね。なんとか止まってよかった。

しかし、ここ数日は寒いですよ。でも、私は夜以外ストーブを使ってません。寒さには強い体質なのであります。朝も、Tシャツ一枚で部屋をウロウロ。室温、10℃切っていたけど(笑)。

PENTAX K200D  DA18-55 3.5/5.6 AL II

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2008年12月26日 (金)

A snowy day.

昨夜遅くか轟音とともに雷が。深夜から今朝にかけて大雪でした。久しぶりの雪かきを昼過ぎからやって、体痛いですー。

雪かきを終えて病院、某会社へ打ち合わせ、その後ヨドバシで買い物なんかして買えってきたわけですが...その時に撮影した今日の模様です。

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しばれる〜ってのがわかりますか?


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信号待ちの車の中から。いつもお世話になっている居酒屋さん。(ヒコーキ関係者宴会、および札幌イッポンズ御用達ですな)

叩き付けられている雪が寒さを誘いますねー。


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PENTAX K200D  DA 18-55/3.5-5.6 AL II

電線の上の雪が曲者で、これが固まって落ちてくると結構ダメージ。当然信号を渡る歩行者直撃なんてことはよくあるんだけど、車にも「ガン!」と凍った固まりが落ちてくる事があります。
歩いている時にこういうものが落ちてくるのが北海道の冬ですから、頭にはフードとか帽子を被っていたほうがいいですよねえ。

さて、昨日に迎えた30万ヒットというありがたみを感じる一方、実はアクセスの大半は検索で「間違ってきちゃった」人が圧倒的(笑)ですよね。

ブログの検索はキーワードを二つ以上入力して訪れてみたら、記事がまったく別々のものに分かれている事が多いから、まったくお役に立たないと思います。雑多な話題が多い当ブログなので、期待されて来ちゃった方、すいません。

あと、意外に普段お会いしていない方も見て頂いていることに心より感謝しています。写真の話題以外でも、ビシビシ突っ込みコメント入れて下さいね。

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2008年12月25日 (木)

御礼30万ヒット。

イブは楽しめましたかー?みなさん。昨夜遅く、30万ヒットしたようです。
皆さんいつもありがとうございます。今後とも宜しくお願いします。
あ、頑張る写真だけのブログ、photo:modeも宜しくお願いします。

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夕暮れ、ちょいと用事でおでかけ。
雨だけど、これから雪がどっかどか降るらしい。やっと北海道らしくなるみたい。

ということで、K200Dでの初撮り。K100Dは本当にいいカメラで軽いし小さいし、おまけに使い勝手も良いってことでずいぶん使いましたが、お仕事の関係でちょっと画素数も多めなのが必要になりました。

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雨の日もたまにはいいんだけど、凍るからね、今時期は。降るならさっさと降って欲しいと思うのですよ。冬らしい景色を撮りたいじゃないですか。

K200DはK100Dのモデルチェンジ(その間にK100D Superがあるけど)だから大きさも重さも変わらないだろうと勝手に思っていたんだけど...

『げっ!デカっ!重いっ!』...あれー、期待していた感じと違うヽ(`Д´)ノ
調べてみたら、K10Dとほとんど変わらない重さだった...厚みはむしろK10Dよりある。
K100DはニコンD50よりも、さらに小さいんで毎日持ち歩けるのが魅力だったんですけどねえ。なんだかちょっと...まあ、予想外だったけどしょーがない(爆)。

んでと。今日、写真集が届きました。

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ベヌコさんが教えてくれたんだけど、森山大道の写真集「北海道」です。
森山大道氏は個人的に、もっとも触発された写真家です。彼の写真がなかったら、今の自分のスタイルはなかったかと思います。

昨年は札幌でも写真展が行われたり、岩見沢の教育大で講義を行ったので行きました。
写真展では北海道の写真も数点ありまして、興味深く見入ったんですけど、1978年に三ヶ月札幌を拠点に北海道を回って撮影した未発表の作品で作られたこの写真集、2万円!

なにせ664pという圧巻のページ数、しかもでかい、重い!5kgですよ(爆)。
うちでは、この写真集を開く事が困難なほどだよ。手に持って鑑賞するなんて至難です。

中身は期待以上でした。都会のスナップが多い彼の写真も魅力的というか圧倒されちゃうんですが、北海道の写真は文化的にも大切な記録だ。とにかくどこか懐かしい光景が鼻腔をくすぐる感覚なんですよ。

ただ、ちょっと疑問な点も。1978年の撮影、とのことですが、もしかしてもう少し前じゃないかという疑問が私にはありました。蒸気機関車が写っているんですけど、1976年に北海道(ということは全国でも)から全廃されています。炭鉱鉄道に使った機関車ではないのが写っているカットもあって、単純に駅に放置されていた車両なのか、それとも室蘭のコークス運搬ようのものもあったか?

なんとなく時代考証が怪しく感じる点はあっても、やはり彼の写真には「力」があるんです。それは、真似したくても絶対にできないもの。

今年も、あとわずか。もっと撮らないとダメだ、もっともっともっと。

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2008年12月24日 (水)

サンタはトラクターでやってくる

イブな皆さん、楽しいですかー?私は今週ずーっと仕事さ。日曜は撮影、月曜は教室、昨日の祝日も撮影、今日も教室なんですよー。

クリスマスプレゼントなんか来ないから当然セルフサービス。
英国から直送されてきた〜♪

またまた1/16のトラクター、今度はRENAULTだ!!日本で買うと1万円だが、英国なら送料入れても半額だ。

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箱がまた渋い。泣かせる。英国からやってきたので、角はやや潰れがあったけど仕方なし。


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中身は大丈夫、破損もなし。しかも、後輪を保護するカバーさえ付いているのがすごい。


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1956年式、ルノーD22!!とにかくイイ!!


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ボンネットヒンジもきちんと。泣かせるのはエンブレムも彫り込みのバッジだ。イエローバルブなのもおフランスらしいですなー。


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エンジンも配線もきちんと。ライトからの配線まで再現されとるわい。


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後ろ姿も最高。ちゃんとレンチまで付属しているんだねえ、さすがおフランス。


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R7062という形式番号が見える。大きさにしてわずか数ミリ!因みにサンクターボはR8220という形式。とにかく、まあ、見ていてため息が出ました。

サンタさん、ありがとう!ワシのお金がまた減ったよ!(爆)

そして皆さんにも素敵なクリスマスであるように。

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2008年12月23日 (火)

今だから話せるデジタルカメラのお話【6】

<時代はメガピクセルへ>
1997年は、様々なメーカーからデジタルカメラが発売になりました。この頃は凄かったですね、もう「このビジネスチャンスに乗り遅れるな!」とばかりに今までガーガー眠っていたようなメーカーなんかも飛び起きて、デジタルカメラという名の高速電車へ飛び乗ったような印象があります。カメラメーカーはもちろん、家電メーカーも続々発売を開始。ソニーや松下(現パナソニック)は当然、日立、三菱、東芝、シャープ、NEC、三洋、ビクター、エプソン...小規模な通販主体のメーカーを含めれば30社ほどのブランドが入り乱れ始めましたから。特に松下は松下電器の他、九州松下、松下寿電子からも発売されたんで、もうムチャクチャですわ。
まあ、それらのデジタルカメラの画質はどう?って聞くだけ野暮なモンがどっかどか。しかも、困った事に記録メディアもスマートメディアの他に、インテルがぶち上げたミニチュアカードなんてーのもありました。結局すぐにポシャったんですけどね<ホント困るよ、こういうの。
その各社デジタルカメラを乗せた高速電車をぶっちぎったのがメガピクセル、つまり100万画素のデジタルカメラ。いや、すでに一眼レフで100万画素オーバーはDS-505などで売られていたわけですが一般に手が届いた機種ではなかったのです。「DS-300」は248,000円で140万画素ということで、非常に話題になりました。大きな筐体でしたが、新聞社や出版関係、ジャーナリストにも使われたカメラでしたが、まだ液晶モニタを内蔵していなかったのです。しかし、オートフォーカスが非常に正確で確認しなくても信頼できるほどの高性能でした。それはそうです。このDS-300は、富士フイルムの中判カメラ「GA645」をベースに作られたカメラだったからです。

Fuji1
そしていよいよ決定版ともいえる「FinePix700」が1998春に発売になります。130万画素、スタイリッシュなFinePix700は、それこそ爆発的に売れました。各社が弁当箱のような100万画素機だった頃に、シャツのポケットにも入る大きさの130万画素デジタルカメラでしたから。このデザインはソニーさえ悔しがったと聞いています。
このPC-Watchの記事は山田久美夫さんが札幌に来られた時に撮影したもの。そのとき、夜に一緒に飯を食いに行ったんですけど、まあ、山田さんってば本物のオタク(笑)でしたね。もう、話が弾んでオーディオの話とかすっげー濃い話題で盛り上がりました。

FinePix700は超小型メガピクセルの先陣を切ったカメラでしたが開発にはかなり苦労したと聞いています。まずレンズですが、高画素に耐える解像度を持つレンズは相当苦心したのです。当時、フィルム一眼レフのレンズで解像度が50本/mm前後でした。(一ミリの中に白黒の線が何本解像しているか、という定義です)小型CCDでメガピクセルを実現するには150本/mmは必要だったとか。そこで、170本/mmを達成したそうです。
このFinePix700の絵は、ブログ程度なら今でも十分使えるんじゃないかと思います。もう、発売した時は、あまりの反響で電話問い合わせでパニック状態だったんですよ。因みにこの歴史的なFinePix700のシリアルナンバー000001は札幌にデモ機としてやってきました。試作品、でしたが正真正銘の一号機。しかし、同僚が転勤の時に「これは絶対に譲れない」とばかりに持って行きました(爆)。くっそー!!まあ、きっと彼の会社の机の中にひっそり眠っているんでしょうが。

また、このFinePix700が発売されたとき、もう一つの仕事が私を待っていました。

建設CALSという言葉をご存知でしょうか?ニッポンの工事は金がかかり過ぎだよ、と米国からの内政干渉(笑)で、工事の入札、発注、設計、施行、そして進捗状況、から完成までをデジタル化してデータベースを構築せよと。当然工事写真はデジタルOKになりました。この流れに、とりわけ土木業者が大慌て。国の発注工事が、いずれすべてCALS/ECへ向かうというので準備をしなくてはなりません。そこで富士フイルムは工事用デジタルカメラを発売します。
FinePix700をベースに、一部機能を変更し防水防塵、そして大型フラッシュを内蔵したケースへ入れるスタイルにしたDS-250HDを発売しました。フィルムの工事用カメラはコニカの現場監督にやられっぱなし、だったんでデジタルでは絶対にイニシアチブを取るんだ!という大号令のもと、「オマエは三都主(サントス)だ!」と私は上長からワケワカの指令を受けて建設業界へぶち込まれました。まったく畑違いの業界に飛び込んでしまい、北海道建設業協会を始めとする、各市町村の建設業協会へ飛び込み営業やったり、建設関連の機材を扱う商社と一緒にお仕事をさせて頂きました。
とりわけ建設CALSソフトを扱う会社とは親密に連携し、各地の建設CALSセミナーへ一緒に出向いて説明をしたり、北海道内の職業訓練施設へ講師として工事写真セミナーを行うなど、徹底的にやったおかげで工事写真用デジタルカメラBIGJOBシリーズは大成功をおさめました。売り上げも、東京、大阪に続いて全国三位を叩き出しまして、日々かなり忙しかったです。なにせ建設CALSそのものの勉強もして、業者さんへセミナーをするほどまでになったわけですから。
その後、BIGJOBシリーズのDS-230HDという機種では、私を含む業者さんたちの意見を取り入れて頂いたカメラへと進化しました。個人的に、この建設CALSの仕事がとても楽しかったですね。クレームなんかがあったら現場までふっ飛んで行くほど大変でしたが、ユーザーの顔を見て仕事ができることに幸せを感じていましたから。

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2008年12月22日 (月)

今だから話せるデジタルカメラのお話【5】

話はいよいよ一般向けデジタルカメラへ行きます。はっはっはー。

<一般向けデジタルカメラ元年>
1995年はDS-220やDS-505という業務用として充実したデジタルカメラが発売になった年ですが、カシオからも「QV-10」という一般向けのデジタルカメラがとうとう発売になりました。25万画素で液晶モニターを内蔵していたため、撮影した画像がすぐに見られるというデジタルカメラのメリットを最大に活かしたこのQV-10は大ヒットしました。画質はともかく(笑)63,000円でしたからね、今なら携帯電話に付いているカメラよりも酷かったのに、まあ、これを買った人はエラいです。
パソコンへ画像を入力してワープロなどに挿入する用途がいよいよこれで可能になったんですが、パソコンへ入力するケーブルやソフトが別売だったのです。しかもMacとWindowsは別々のソフトが必要で、それぞれ12,800円だったそうだ。ん、これはその後も他社でも同様だったんですけどね。ただしメモリーカード式ではなかったんで画像がいっぱいになったら消すしかなかったわけです。
そして1996年にいよいよ一般向けのデジタルカメラの決定版、富士フイルム「DS-7(Clip-it)」が発売になります。スマートメディアを初めて採用したデジタルカメラです。いやー、この時は驚きましたね。なんじゃ、コレ、切手みたいな大きさで2MB?ほー、すっげーなー、と。
富士フイルムが出したんだから、そりゃあ35万画素でも妥協しない絵でした。その画質評価は、PC-Watchに載っています。まあ、当時からいい色で写せたんですから、その後のFinePixへ受け継がれて当然ですね。

実は、このDS-7の発売の陰には私たちの悪戦苦闘がありました。色々なところから期待されていたDS-7、今まで数十万円もした業務用デジタルカメラと遜色ない画質だという評価が先行して流れたおかげで受注数も多く、あとは発売日を待つだけでした。実際、試作機を家電店やカメラ店、業務用途先へ説明に持参しても「すごいね、いいね」という声。
ところがある日、量産先行機が届いて、同僚がそれを持ってデモに行った時の事。会社に戻った彼が「あのさあ、これおかしいんだよ」...ん?どれどれ...
『何じゃ?』...
不具合が見つかりました。ううーん、どうなんだ、これ。このまま出荷してもいいのか?それとも、このカメラだけの問題か?ならいいのだが。しかし、どうしても気になる私。同僚と協議して上長へ報告。とりあえず、本部の技術担当課長へ電話すると「はぁー?何言ってんの。そんなことないでしょ」ハナっから信じない。まあ、技術関係のエラい人ってプライドが高くてたかが地方支社の人間のことなど聞く耳持たないんだな。そもそも、私がこの手のカメラ技術に詳しいなんて知らなかったみたいだから。
当時はまだ社内ネットワークもなかったし、メールもなかった。しかし、私たち電子映像を担当する人間と本部とは、Macintoshを使った「リモートアクセス」というネットワークがあったんです。これは一般の電話回線を使って他のMacとフォルダなどを共有するシステム。昔からMacはこういうネットワークが進んでいましたね。ただし、アナログ回線しかない時代、ISDNなんてまだ引かれていないもの。
それで、問題ありのDS-7の撮影画像を本部のフォルダへぶち込んだ。すると、技術担当課長から電話があって「これ、本当か?」...やっと気がついてくれました。そこで本部が一斉に全国へ指示したんです。「全品検査せよ」と。
はい、出荷直前、いよいよ発売が秒読みになった寸前、倉庫に同僚と二人で向かいすべてのDS-7をチェックしました。その数、数百台。問題なしの箱には◎印、まあ、問題ないでしょうが△、完全にダメなものはX印の付箋をつけて。出荷はまず◎印を。もし、足りなくなったら△。Xは本社へ返品しました。
おかげでDS-7は大ヒットしましたが、もし不具合をそのまま出荷してしまったら、かなりダメージが大きかったと思います。未然にそれを発見し、防いだ私たち札幌の部隊は本部から「ご苦労さん」と一言だけねぎらわれて終わりましたが(爆)。しかし、その後「札幌にはウルサい奴がいるんで気をつけろ」と言われるようになったのはその後のお話ですけど。

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2008年12月21日 (日)

今だから話せるデジタルカメラのお話【4】

朝から撮影のお仕事、家でもお仕事、やっと一段落で更新遅くなってすいません。

さて、お話続きます。年内に終わるのか?(爆)

話は【2】の辺りへ戻ります。はい、1995年に今のデジタルカメラの基礎を築いたともいえるDS-220が発売されたことをお話ししました。もちろん、まだ一般向けというものではなかったのですが、皆さんの知られていないところですでにデジタルカメラが使われ始めたのはお解りになったと思います。
そこで、もう一方の需要、そう「デジタル一眼レフ」ですね。いよいよ1995年には待望の一眼レフ方式の「DS-505」が発売になりました。富士フイルムでは一眼レフのボディもレンズもありません。そこで、ニコンと共同で開発しようという事になりました。
DS-505は当時では驚きの130万画素のCCDを搭載したことが話題になりましたが、今ならしょーもない画素数ですよね。それでも、業務用に「本格的に使える」カメラになったのです。ニコンからもE2という名前で発売されましたが、競合するのでは?と心配はあんまりなかったのです。ニコンは報道用に、富士フイルムは業務、スタジオで主に販売されました。
で、CCDのサイズは?実は2/3インチなんですね。現在のデジタル一眼レフで主流のAPS-Cサイズよりも小さいじゃないですか。じゃあ、レンズはちゃんと使えたのでしょうか。実は50mmの標準レンズを使っても、ちゃんと50mmで使えました!その秘密は「縮小光学系」が内蔵されていたためです。つまり、ボディにテレコンの逆、画像を小さくしちゃうレンズが入っていたと。凄いでしょ。でもね、その代わりレンズの絞りが使えずボディに絞りを内蔵しとりました。なので、開放値6.7という、恐ろしく暗い絞りだったんです。なので標準感度はISO800(笑)。レンズは35mm以上の画角じゃないと使えませんでした。

でも「130万画素で使えるの?」そういう疑問もあるでしょうが、使えたんですね、びっくりです。例えばチラシ、ですよ。スーパーなどの食品なんかにね。マヨネーズとか、醤油とか、小さめの写真でたくさん画像使うでしょ?しかも、毎週のようにチラシは新たに刷られるわけですから撮影点数が多く、しかも小さな画像ならフィルムと遜色ないのでは?ということで、今だから言えますが、某スーパーのチラシでテストをしました。チラシはその地域別に○○店、と店名を変えて印刷することもあります。あるお店向けのはポジフィルムで撮影し、地域を変えて同じスーパーでも異なる一部の支店向けにデジタルで撮影した画像で刷りました。
結果、ほとんど見分けがつかなかったんです。そこのスタジオでは即採用!ってなことに。スタジオ以外では、車の部品の卸商社カタログにも使われました。小さいものならネジ一個からで、しかもカタログへ掲載する写真点数は千カットを超える訳ですから、そりゃあデジタルカメラが有利でしょうと。おまけに、カタログは半年ごとに新しくなるのですからコスト的にデジタルへする事は当たり前だったのでしょう。

Dsc00005

はい、DS-505(A)にて撮影。ISO800で、ちょっとアンダーなのでノイズ出てます。でも、当時の技術でこれは良いと思います。高感度に強い富士フイルムならでは。
この程度の大きさなら、まあ、使えますね。

それにしてもこんなデジタル一眼レフが存在していた事すら知らなかったでしょ?このDS-505はNikon F4の機能をベースにしています。このDS-505は、その後、マイナーチェンジを繰り返し、富士フイルムはS1Proへ、ニコンはD1へと進化してゆきます。

しかし、ニコンとの提携は現行のS5Proでも続いていますが、DS-505を発売した頃はまだニコンもデジタル技術がまだ未完成だったのでしょうね。DS-505のデジタル処理回路などはすべて富士フイルムが開発したものです。その後、ニコンのD1を見た富士フイルムの某設計者は「ニコンにごっそり(ノウハウを)持って行かれたかなあ(笑)」と話していた事を思い出します。

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しかし、こうして見ると...でかいです。K100Dと比べると中判、そう645並の大きさですね。勿論、それでも液晶モニターはまだ付いておりませんで、撮影後は小型のテレビで確認しとったんですよ。うわー、屋外じゃ大変ですよね。発電機背負って行かないと...
このDS-505はマイナーチェンジ後のDS-505Aで、一式頂きました。ええ、ほとんど使った事ないんですが(爆)。
今はバッテリーが死んでいるので、屋外へ持ち出す事もできないですし。おまけに、メモリーカードが2MBしかないの。

しかし、ボディ89万円...画像をMOへ保存したり、プリントしたりするのに必要なDI-500Dが98万円。専用プリンタが270万円...北海道の某新聞社へ一式納品しに行ったっけなあ...

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2008年12月20日 (土)

興奮の日。

デジタルカメラのお話ばかりで飽きちゃってゴメーン、誠にスイマメーン!

んで、トラクターですか。
実は以前にも撮影した事のある場所にて、久しぶりに新顔がいたので。
前回はここの関係者の方がいらっしゃらないので勝手に写してしまいましたが、今回はいらっしゃったので撮影許可を頂きました。やはりこういうのは、大事。

なんと...

フォードソン、メジャーが!!!!ヽ(`Д´)ノカコイイ!!

Dsc_4878

もう、最高!まさかこいつに出会えるなんて嬉しくて。最高に感激、というか興奮。バカですね、私って。プロポーションよく撮りたくてツアイス1.4/85を奢って撮影。

その隣にはFIATさんも。

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うんわー、いいお顔しております。しみじみ、ホレボレ♪


Dsc_4893

マッセイ ファーガソンも重厚感あって好きなトラクターです。

で、サプライズ。

「いいもの、見せてあげましょうか」...と、鍵がかかっていた倉庫に案内されました...

「珍しいですよ、これは20台ほど試作されただけのTOYOTAのトラクターです」

えーーーーーーーーーーー!!!マジですか!!!知りませんでした。
無理もないです、実際にはほとんど知られていないみたい。

Dsc_4867ty

製作されたのは1960年代始め頃みたいです。日本の乗用車メーカーがこれを作っていたなんて。
実は、ここには色々な旧いトラクターがあってぎっしり狭くて20mmでやっと撮影できました。


Dsc_4872

渋い!渋すぎます!!
因みに、三台所有されており、いつかはキレイに仕上げたいとおっしゃっておられました。
その三台は「番号続きなんですよ(^^)」...いや、驚きました。

「農家などで実際に貸し出されたり、一部販売されていたものがここにあるんです」と。

本当にしびれるものを見せて頂けて感激です。
トラクター好きにはたまらない光景でした。ありがとうございました。



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今だから話せるデジタルカメラのお話【3】

始めたからには続けます(爆)。止まらないから。文字ばっかでつまんないでしょ?
でも、ね、たまには読み物も悪くなくってよ〜

さて、前回の続き、医療向けのお話をするならば少々お話を遡る必要があります。デジタルカメラが出る前に、実は似たようなカメラがあったのをご存知でしょうか。「電子スチルカメラ」と云いまして、これをぶち上げたのは天下のソニーさん。「マビカ」というカメラを1981年に開発発表したんですよ。いわゆるフロッピーディスク、それも小型の2インチディスクを用いてビデオの静止画を記録するもの。これには写真界に激震が走り「マビカショック」という言葉さえあったんです。つまり「フィルムの要らないカメラがやってくる!」と、写真業界は大慌てだったんです。「ああ、もうカメラ店はだめだ!」と、早々閉めた店もあったんですよ、どんだけショックかと(まあ、他に閉めた理由もあったんだろうが)。
この規格、フロッピーディスクに静止画像を記録しますが、ビデオ映像の静止版ですから当然アナログ。日本のテレビ放送(アナログ)は一コマが1/60で出来ており、これを二枚合わせてようやく一枚の静止画になります。この1/30の映像を「フレーム」と云います。1/60はフィールド、と呼ぶのですが、まあ、この話はいいか。
その電子スチルカメラが実際に業務用途に販売されて、ソニー MVC-C1、キヤノンなどからも発売になりました。富士フイルムは1987年に「ES-1」という電子スチルカメラが発売になって、これが実質、富士フイルムの電子カメラ一号機になるわけです。うちにあるから、見たい人見せてあげます(爆)。

この電子スチルカメラやシステム達が、医療関係者、それも歯科の目に留まった訳です。なので、電子スチルカメラの用途は圧倒的に歯医者さんが多かったんです。デジタルカメラは、この電子スチルカメラよりも高画質で、なおかつ将来を見据えたシステムとして開発されたものです。富士フイルムがこんなもん作ったら、フィルムが売れなくなるでしょう、なんて言われたものですが、富士フイルムがやらなくてもソニーがでてくることは目に見えていましたし、早くやったもん勝ち、ということだったのではないかと思います。
実際、このデジタルカメラによって写真の世界はこんなにも急激に変わることになるとは、当時は予測していなかったのです。

デジタルカメラの発売により、電子スチルカメラやシステムは姿を消しますが、まあ一般の家庭には普及することもなく消えてゆくのは当然だったと思います。富士フイルムのサービスで「写真をテレビしましょ」という「テレビフォトシステム」も発売したんですが、まったく売れませんでした。今で云えば「フジカラーCD」みたいにネガや写真から2インチのフロッピーディスクに画像を記録して、テレビフォトプレーヤーで見る、というものです。このプレーヤーも全然売れなかったんですが、社員の結婚式に引き出物として使った人がいて大ひんしゅくだったらしいです(爆)。(マジで結婚式場のゴミ捨て場に捨てた人もいたって)
まあ、その後もAPSというフィルムが出たとき、現像したネガをテレビで見るプレーヤーが発売されたけど、やっぱり売れなかった(^^;懲りない会社。

このような電子スチルカメラを経てデジタルカメラの開発につながったわけですが、まあ、皆さんの知らない製品がいかに多くこの世にはあったということですよね。電子スチルカメラだって、そんなに売れなかったし、おまけに量産ができず、当時仙台の工場で一台一台職人が手作りをしていたんですから、ずいぶんアナログな世界でございました。

写真業界というのは比較的規格がコロコロ変わらないシステムを考えますが、家電業界は本当にユーザー無視のエゴむき出し規格競争をやっては失敗を繰り返しますね。古い所ではビデオのVHSとβ、テープレコーダーのエルカセットやDATとDCC、レーザーディスクとVHD、最近ではHD-DVDとブルーレィ...消えてゆく規格を支持した人は哀しいっすね<ワシはβユーザー
デジタルカメラも、家電業界にイニシアチブを取られると「ヤバい」ということもあって写真業界も真剣に戦っているのです。

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2008年12月19日 (金)

今だから話せるデジタルカメラのお話【2】

デジタルカメラのお話続きます。まだまだ高価だったデジタルカメラですが、普及機が1993年に発売になりました。DS-200Fは「DIJE(ディジェ)」というネームが付けられ36/72mm相当の二焦点、やはり30万画素相当のカメラです。そしていよいよ1995年にJPEG準拠、メモリーカードもPCカードを使うタイプである「DS-220」が発売になりました。DS-200Fとほぼ同じデザインでしたが、中身はがらっと変わっています。CCDもデジタル静止画像専用のもので、RGB原色タイプを初めて使用しました。それ以来、富士フイルムのデジタルカメラはすべて正方画素、原色RGBフィルターを採用し続けますが、これが「決定的」になることは、また後のお話になります。

Nrj040_04

やっと安価になってきたデジタルカメラですが、まだ一般的な家庭用途に使うようなものではございませんね。なにせメモリーカードの値段、20MBで12万円!ですよ。20GBじゃないですから(笑)。今なら20MBなんて何にも使えないですわ。おまけにカードリーダー、つまりメモリーカードをパソコンへ読ませるもの、ですが8万円ですよ!今なら2000円もしないのがありますよね。
んで、このデジタルカメラは後に「やっと液晶モニターを外付け出来るようになる」のですよ。え、まだモニターなかったんですか?...はい、当時液晶モニターなんか高いし、小型のは粗くて、おまけに電池が持たないし実用には不向きでした。

さて、このカメラいったいどういう人が買ったのでしょう。一番のお客様は医療関係、それも歯医者さんだったんですよ。歯科では歯の治療のために写真を撮影することが多かったんですが、フィルムではいかんせんすぐに見られないしデータベースに使うには難しい。ならば、これを使おうか、なんてお金のある歯医者さんでは一種の「先端医療」ともいえるわけで、他の歯医者さんと差別化ができたわけです。なのでアクセサリーに接写用レンズとか、後にマクロフラッシュなども発売されたのですよ。
それでも、実際にパソコンへ画像を保存されている方はあまりいなかったかな。ほとんどはテレビに接続して見るだけ、という使い方が多かったのかも。そして、当時流行っていたビデオプリンターに接続してプリントアウトなんぞして喜んでいた歯医者さんもいましたっけ。でも、画質は...酷かったですねえ。
因みにこのカメラ一式「ポン」とお買い上げになった小樽のお客様がおりました。小樽市のZ町にある、今は名前が変わりましたが海岸のすぐそばにあるお店でメニュー撮影に使いたいとのこと。納品、設置に行きましたよ。いやー、もう高価な投資ですよね。今なら携帯の画像より落ちる絵なのに(笑)。
もちろん、このカメラは画期的な用途にも使われておりました。医療用、それも手術の模様を記録して遠隔地の病院と画像診断システムを構築できたということでしょうか。地方の病院で難しい手術をしなければならないが、なかなか術例がない、しかし患者さんを搬送するのには時間がかかりすぎる遠隔地の診療所、Dr.コトーみたいなものですよ。(彼は何でもできる天才でしたが)そこで、患部などを撮影し大学病院へ伝送して指示を仰ぎながら手術するという方法です。実際、富士フイルムでは一般電話回線用の画像伝送機(電送じゃないのよ)を作り、販売していました。ただし、まだ光回線はもちろん、デジタルのISDNだってなかった時代。この静止画を送るだけでけっこう大変でした。通信プロトコルなんかも勉強しつつ、苦戦して何度もテストをしたものです。ホント、今思えば難しい仕事をやっていたもんですわ。これだもん、今のデジタルカメラなんか簡単でしょー(爆)。

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2008年12月18日 (木)

今だから話せるデジタルカメラのお話【1】

私がここのブログでデジタルカメラの事を「デジカメ」と略さない事に気がついている方はいました?(笑)「デジカメ」は三洋電機の登録商標ですから、他社は使う事ができません。ただし、固有名詞として一般化してしまったので、普通に雑誌やウェブで使うには問題がないということ、それに他社が自社の固有の機種を指さない限り一般的に使う事は認められています。例えば富士フイルムでも「デジカメプリント」と呼ぶ事は問題がないという事です。
それほど「デジカメ」が一般化された昨今、私の経験を踏まえて、今だからお話しできることをちょっとづつ掲載して行こうかなと思います。つまんない話はスルーして下さい(笑)。

1991年、今から17年前に世界で初めてのデジタルカメラが富士フイルムから発売になりました。その機種「DS-100」は画素数わずか30万画素、しかも記録方式は独自方式でJPEGなどではありません。それは当時、デジタル画像など扱えるパソコンがほとんどなく、JPEGなどという記録方式がまだ確立しない時代でした。

Fujixds100

しかしDS-100は三倍ズームで、レンズ交換は出来ませんが一眼レフ形式だったことで使い勝手は悪くありませんでした。ただし、まだ記録するためのメモリーカードも規格がなく(当たり前ですが)独自のメモリーカードでした。8Mbit(メガバイトではない)、つまり1MBでカードの価格も設計段階では100万円とか云われており、しかもコイン型リチウム電池を入れておかなければ画像が消えてしまうというものでした。フラッシュメモリーが開発されるまで、あと少しという段階だったのです。デジタルカメラのメモリーカードは東芝との共同開発で、たまたま私の従弟がそれに携わっていたこともありました。当時、彼から「極秘だから言えないけど、オマエの会社と何やらやっているらしい」とこっそり打ち明けられました。「知ってるよ、デジタルカメラ用のフラッシュメモリーカードだろ?」と私。「えーっ、何で知っているの?」...そりゃ、当たり前ですって(笑)。当時、COCOMという対共産圏輸出統制委員会の統制もあり、デジタルカメラは大変機密性が高いものでしたから、開発部署も出張でこっちに来る場合、本当にアタッシュケースに手錠をかけて持ってきました。また、空港で中身を見せる事も拒んで別室でこっそり、っていうケースもあったとか。

因みにこのDS-100、確かカメラ本体55万円、パソコンへ画像を転送するためのプロセッサーというのが必要で、これまた50万円、メモリーカードが1MBで20万円くらいだったかと記憶しています。誰が買うんだよっ!と突っ込まれそうでしたが、デジタルカメラは、まだ特殊な業務用として発売されていた時代です。一般的なパソコンでは画像の取り込みなどできる訳もない時代でした。(画像データは30万画素で約900KBでしたが、それでも当時は扱えないほどのとても大きなデータだったのです)画像データはCMPという規格で拡張子も.cmpでした。因みにデジタルカメラは、当時ビデオ出力からの映像をキャプチャする方式が一般的で、直接画像をデジタルで読み込むケースは少なかったです。なぜならば、画像を扱えるパソコンはMacintoshしかなく、それでさえ100万円もしたんですから。その画像展開にはadobe photoshop用プラグインが必要で、それまた数万円(爆)。今では当たり前のPhotoshopのVer1.0が発売になったばかりで、それもMac用しかありませんでした。

このカメラは北海道で数台しか売れませんでしたね。購入したのは企業で、データベース用にお使いでした。パソコンの高度な知識がなければ、セットアップもできない複雑さが私たちを泣かせる事になりましたけど...
そのDS-100、会社を辞める時に後輩に「廃棄処分にするよう」命じましたが、今思えば世界で最初のデジタルカメラでしたから保存すればよかったかなと後悔しています。ただし、稼働させることができませんので、仕方なかったかな。

-2-へ続く(いつになるか)

※富士フイルムから新しいネガカラー発売になります。びっくりですね、まだどっこいフィルムは頑張っていますよ!ぜひ使ってみたいです。

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2008年12月17日 (水)

25年前の小樽

先日、昔のネガを整理していたら一本のコダクロームが見つかりました。
それは小樽を写していたもので、残念ながら日付がありません。しかも、撮影機材さえ今一つピンとこないので、あくまでも想像だけであれこれ書き留めておきます。

本来ならばここで出すほどの写真ではありません。記録というより、ちょこっとテスト的に撮っているとしか思えないのです。中途半端な写真ばかり。
当時、小樽を撮影しているといえばモノクロのはず。カラーでの小樽は(というよりカラーそのものをあまり使っていなかった)珍しいんですよ。

もちろん、モノクロの古い小樽のも、きっといつかは発掘されるんじゃないかな。

リクエストがありましたので、出しますが、ホント、お見せするのはお恥ずかしい。

Otaru_unga01

お馴染みの運河です。今よりも川幅は倍ありました。(当時は40m)しかし汚い水、濁っています。
係留されていた船の数も多かったですから。遠くの山並みから想像すれば、雪解けの季節かと思います。

続きは↓

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2008年12月16日 (火)

お樽漬け

昨日は徹夜明け、昼前まで寝ていた後、小樽まで行きました。なにせ最近マジに忙しかったんで写真が全然撮れなくてストレスが...
小樽は奥沢の「ミツウマ」さんへお邪魔し、色々お話を伺ってきました。ネットショップのミツウマさんもよろしくね!

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ベヌコさんがブーツを買うというので倉庫までお付き合い。古い貨物コンテナを使った倉庫?ぷちつららカワユスな〜〜sweat02

Ai-s NIKKOR 35/1.4の開放、ソフトな中に味わいある描写!泣ける<自分だけだが

夜は相変わらず建物を撮影して帰ってきました。
その模様はphoto:modeにて順次公開中です。もう飽きられてきたphoto:modeですが、ネタもないので夜遊び続くから。いいの、ガシガシやるから。

んで、今日は突然送られてきたものが。

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小樽漁協からだ。送り主は漁協内の「小樽産しゃこブランド推進委員会」...
あー!しゃこ祭りで食べたシャコ飯の時のアンケート、当たったんだ!!

抽選にめっぽう弱い私にもたまには当たる。
ありがとうございます〜〜♪

最近、色々ね、考える事ばかりで頭混乱しているから素直に嬉しいっす。

実は20年、いや30年近いのかな...古いポジ、それもコダクロームが発掘されました。昔の小樽が写っていました。まあ、あまり代わり映えしない場所を写していたんですが、それでも手宮線が現役だったりして懐かしいです。
掲載するかどうか決めていませんが、リクエストあればスキャンしてみます。なにせ、ポジはあんまりキレイにできないんですよ、プリンタ付属のスキャナ(笑)。

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2008年12月15日 (月)

徹夜明けたらトラクターさ。

相変わらず色々な仕事と格闘してます。締め切りに追われ、仕上げた資料や原稿を終えて一息。それにはミニカー、それも最近増殖するトラクターで癒されるのが一番。

こんな時間に更新するってーのもなんだかなー、です。

んで、揃ってきた1/43のシリーズ♪

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Deutz D25はドイツのトラクターで、ディーゼルエンジンを発明したドイツらしくお得意分野だったらしい。今はDeutzはエンジンメーカーなのでトラクターそのものは製作していないようですけど。

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キタ、ferrari F2!イタリアはフェラーリのトラクターだ。ランボルギーニは元々トラクターが発祥なのは皆さんご存知の通りですが、フェラーリもトラクター!...実は、あのエンツオさんのフェラーリとは無関係だそうで...親戚でもないのかしらん。

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この角度も好き♪(二枚も載せるなって)


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あ、ぶれてら(笑)。先日紹介したFordsonの、さらに古い奴。うー、機能美!!


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かーっくいい!Champion Elan。もっとも、このメーカーも現存せず。英国かな?


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これまたキター!RENAULT R3042。なんという愛らしさ、さすがフランス車!元々ルノーはフランスの国営企業だったんで、農業国フランスではルノーのトラクターは当たり前。残念ながら今はやってないけど。(最近まで北見市にルノーアグリカルチャーディーラーがあった)


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トドメはJohn Deereの1/64シリーズ、それもかなり古いトラクターのコレクション。小さめで出来映えは今イチだけど、John Deereお墨付きの逸品。

こんなのに囲まれていっそう部屋が狭くなりました。どうしましょう..._| ̄|○




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2008年12月13日 (土)

相性。

日記らしい日記を。
本日一本勝負、ですが私は某所にて撮影のお仕事やってました。今日の撮影は「ダンス」でございまして。これまた初物で、ちょっとどうしたらいいのか悩みました。いわゆるダンス教室の発表会で、非常に難しいです。被写体となる踊り手さんは、クルクル回るしタイミングよく撮らないと顔が写りません。

なので、音楽を聞いてあらかじめ予測しなくてはならないのです。リズム感が必要ですよ、この撮影は。すべて縦位置が必須(アルバムの関係上)、高倍率ズーム必須、フラッシュもチャージが早い奴必須...機材がギリギリなのでちょっとフラッシュは買わないと今後は厳しいかと反省。

しかし、私、すっごく楽しかったんですよ、この撮影。初めて見たんだけど、生徒さんも講師の先生も楽しんで踊っているし。それにプロのダンスを見て「はー、すごいじゃん」って素直に思いました。いや、こっちも仕事なのですごい緊張感、集中力が要ります。

それでも、楽しいと思わないといい写真が撮れないです。感動したりしなければ伝わらないからね。

そう、写真ってやっぱり相性が重要かなと思います。仕事の撮影ならば好き嫌い云っていられませんが、それでもなんだか撮っていて気持ちがいいと思えば...

趣味の写真なら撮りたくないものは撮らなければいいんです。町の写真でも相性ってありますよ。なんだかこの町とは相性がいいなとか、今ひとつ乗らないとかあると思いませんか?
何度訪れても、どうにも上手く行かないって。ほんぶちょーの銭函か(爆)。

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※写真はイメージですw

なんだろう、相性のいい町というのは、居心地、撮り心地がいいのですよ。たぶん、町を撮っている人はわかるはず。一戸や遠野、花巻なんか私にとって最高に居心地のいい町です。

それは、相性がいいと云うべきなのでしょう。相性は片思いではダメなので、町に受け入れられているってことなのかもしれません。

あ、相性の悪い町ってどこ?とか聞かないで下さい(爆)。

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2008年12月12日 (金)

お歳暮頂きました。

お歳暮の季節ですが、普段私はお歳暮を頂くような立場ではないのでこっちから送る事もあんまりないんですよねえ。いや、やはり賄賂いやギフトは大切で。

九州は大分の左門☆豊作さんから突如送られてきたお歳暮は...

箱を開けてびっくり。

Nikomat FT3でした。NikomatはNikonの普及版として爆発的に売れたカメラなのですが、普及版といってもNikonの場合「Nikon」ブランドはFやF2のみに与えられているわけで、他のカメラはNikomatを名乗ったわけです。普及版といってもけして安いわけじゃないんですけどね。

Dscf9245

箱を開けて出てきたカメラを見て「FTn」だと思ったんですよ。Nikomatは若い頃、欲しかったカメラでした。当時はNikomat FT2が現役でした。

ニコンはFマウントを維持しつつ、レンズからの絞り情報をカメラへ伝える為、複雑な変遷を余儀なくされてきました。時代とともに自動化が進むカメラの世界に対応すべく、各社は大幅なシステム変更やマウントを変えてまで対応してきたのに、ニコンはFマウントを行かしつつ今日までデジタルにも対応してきました。

レンズの上にある「カニの爪」と呼ばれるものは、古いカメラへ絞り値を伝える為に必要だったのですが、なんとも旧式に見えるこの「爪」は最近のCarl Zeiss ZFレンズにさえ付いている訳ですから驚くしかないです。

昭和52(1977)年にAi方式と呼ばれる爪の要らない方式に改められ、さらに今では電子接点で制御する方式になっていますが、最新のデジタルカメラでも、上級機にはAi方式による絞り連動にて古いレンズも使えるのがニコンらしいところでしょうか。

Nikomat FT3はAi方式が採用された最後のNikomatです。同時に発売になった名機Nikon FMの陰に隠れてしまい生産数も少なく、中古でもかなり少ないです。かつブラックは見た事もありませんでした。

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露出計は外部からも確認できるのがNikomatのいいところ。あらかじめ適度に合わせておけますから、便利です。左門☆豊作さん、ありがとうございます!!

頑丈で無骨、これがNikomat。うふ、これでまたガンガン遊べます...忙しいけど。

明日はイッポンズ、小樽にて一本勝負。しかも花園。いいなあ。
私は一日中撮影のお仕事で今回は無念の欠席です...

一年を締めくくる事ができず悔しいけど、他のメンバーは楽しんでね!!

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2008年12月11日 (木)

銭函新玉旅団。

更新できないはずだったのに、ちょっと時間が空きました♪
なので、鮮度が落ちないうちに。

12月6日、前日に新玉を入手した私と♪氏、時間があったら銭函か花園で撮ろうかと秘策を練った。その秘密の相談は岩田珈琲店。まさか、お嬢がいたとは(笑)。
そこへ聞きつけたhirosさんも加わった豪華撮影会に。銭函は、イッポンズを迎え華やかな一日になったことは内緒だ。

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味深し、隣は玉を試す人。

続きを読む "銭函新玉旅団。"

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2008年12月10日 (水)

雨のイルミネーション。

徹夜続きです(笑)。今日も写真教室二本、その他古巣でお仕事やら何やら。
お金になればいいんですけどねえ〜w

ネタも切れましたが、今日はイルミネーション教室だったので、こんな感じで。
しかし、撮影開始頃から雨。でも、生徒さん熱心に撮影していました。雨だから撮れるチャンスって考えればいいわけです。

Imgp3281

普通に撮ったらしょーもない。


Imgp3237

個人的にあまり撮らないイルミネーションですけどね、まあ、こんな感じで遊んだり。


Imgp3249_2

これはクリックで大きくなります。

明日の更新もお休みします。photo:modeのみ、更新するかも...

PENTAX K100D DA 18-55/3.5-5.6AL

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2008年12月 9日 (火)

本日お休みです。

明日締め切りの仕事のため、今日はお休みです。今月はちょっと多忙につき、こんな日が増えます(爆)。

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2008年12月 8日 (月)

夜を翔て

photo:modeの絵とかぶってますが、微妙に違うのでお許しを。
ネタを仕込みに動く時間がないので蔵出しご容赦。

最近、飛行機とか鉄道写真なかったでしょ。それはね、個人的に冬になると乗り物が増えるんです。はい、やっぱり雪を蹴散らし進む列車とか飛行機の方が好きなんで。

なので冬こそネイチャーの方々と違って、面白くない絵が続くけどガマンして下さい。

特に今年の始めから結構鉄をバシバシやっていましたけどやっぱ冬がいいね。

Dsc_4536_2

冬のスカッとしない曇天、ちらちら雪も舞う空模様。でも、こういう感じも嫌いじゃないんですよね。厳しい天候でも北海道では当たり前の光景。
もっとも、ちゃんと安全運航にはぬかりなく。

(クリックで横900ピクセルになります)

Dsc_4558

元・こすもす。ANAカラーになっちゃいました(泣)。でも、ヒコーキに罪はないです。
(クリックで横900ピクセルになります)

Dsc_4581

こういう時間帯の離陸は撮影が難しいです。というか、今までは諦めていたかも。

D700だとISO3200が安心して使えるのもメリットです。
でも、500mmでこれ1/40のシャッターですからキツい事はキツいけど。

(クリックで横900ピクセルになります)

あー、千歳にも行きたい。鉄も撮りたい〜〜〜〜

今年はちょっともう時間がないかなあ。

しばらくは葛藤が続きそうです。

Nikon D700  1、3枚目SIGMA 500/4.5EX HSM  2枚目Carl Zeiss Planar 1.4/85 T*



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2008年12月 7日 (日)

85は緊張感の玉。

一昨日入手したCarl Zeiss Planar 1.4/85 ZFですが、昨日銭函で撮影してきました。フィルムとデジタル、双方でテストしました。
このレンズは以前CONTAXを使っていた時に所有しておりました。私のは独逸玉でしたが、日本製とさしたる差異は見つけられず、むしろ逆光にやや弱い印象がありました。

CONTAXを手放して以来悔やんだレンズですけど、ニコンマウントがコシナから発売になって欲しい欲しいリストのNo.2に入っていたレンズです。No.1は?ん、ちょっと無理。

85mmは丁度、被写体を集中して見つめた距離感にぴったりで誇張しない適度な圧縮感が好きです。コレ以外にもCanon FD 85/1.2Lもありますが、最近は出番なしです。

50mmは町歩きに、パーツを含む背景を少し浮かせた撮影に使いますが85mmですと、さらに離れなくてはなりません。よくポートレートにぴったりなレンズと言われますが、近づきすぎずバストアップショットにいい距離感でしょうか。ただ、私の場合ポートレートに使う事はありませんので、町で使う場合はパーツをとりわけ浮かせて撮りたい時に丁度いい感じです。

Dsc_4457_2

1.4開放です(クリックで少し大きくなるかと)
50mmで被写体に近づいてもいいのですが、被写体に対して適度な距離感を持って撮れるのが好きです。いわば良い意味で緊張感とでも云いますか。

Dsc_4459zenibako

やはりこういう景色の場合、適度に背景の海が近づき、情景描写に彩りを添えます。いいレンズだなあと思うのは質感描写が抜群にいいことでしょうか。
一段抜けが違いますね。まあ、単焦点はその傾向は強いとは思います。それでも、カリカリではないんですよ。解像度は高いのですが、線が細すぎずしっかり写ります。

撮影:12/6 小樽市銭函町

Nikon D700 Carl Zeiss Planar 1.4/85 T* ZF

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2008年12月 6日 (土)

人の付き合いには気をつけよう。

まきまき♪氏がまた来道されました。今回は空の忘年会の為ですが、もう一つ...
ちょっと耳打ちしたら...沼にズブズブ沈みまして、今回も北海道土産の北○ガラスにてお買い上げ♪うっっひっひ、一丁上がり。まあ、そりゃあガラス玉土産は有名ですから。

んで、悪魔の巣窟KガラスさんのM店に先日行った時に担当者に言った一言が余計でした。
「最近、Kさん全体は中古減ってませんか?」

すると「いえいえ、大○地とか羊○丘には、いっぱいありますよ」

行かなければね、よかったのにね。12/5に廻ったさ、全部三店舗。

ああ、人を沈めりゃ自分まで。沼は深し...

Dsc_4452

クリックで横800ピクセルになります..._| ̄|○

D700  Carl Zeiss planar 1.4/85 T* ZF

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2008年12月 5日 (金)

んーと...

まず、忙しいです(爆)。やることいっぱい、仕事もそうですけど色々。
んでもって思う事も色々ありましてと。

まず最近物議を醸し出している上富良野町に観覧車を建設するということ。
上富良野は深山峠にある「トリックアート美術館」を運営する会社が建設中の観覧車、地元でも反対、賛成でごったごた。

そこの社長さんが言うには、オホーツクにて360度流氷という景色を見たら人生観が変わったという話を聞いた(つまり直接聞いた訳じゃない)のがヒントで上富良野の自然をパノラマで見てくれ、ということらしい。

反対派の方々が立ち上げたサイトは地元写真家の方が中心になっています。

そもそも私はそこにトリックアート美術館があるのでさえ好みません。それすら景観を壊していると。なんで素晴らしい自然の中にトリックアート?関連あります?上富良野と。
私も反対の署名を入れました。んでもって社長さん、もし景観を壊すとか不人気なら撤収すると。おかしいでしょ。そこにつぎ込まれるお金でその景観を守ることに使えませんか?

正当性を主張するためロンドンの街に作られた観覧車の例をあげています。景観にうるさいロンドンでできたんだから、じゃないでしょ。作られた都市を展望するのと自然を展望するのとは違う事に。

たぶん最初は珍しさ故に人は集まるかもしれません。

しかし、やがて飽きられるでしょう。人工的に建てられたものは違和感がありますし。

「自然の中にある鉄塔や電柱、電線も同じだ、邪魔だ」というカメラマン(主にアマチュア)もいますし、そういう声も私の周囲からしばしば耳にします。
じゃあ、撮らなくていいよ、お帰りなさい、と。

自然の景観といいますが、富良野や美瑛の自然、畑などには農家の方々が暮らしています。邪魔だという電線はその方々の暮らしには欠かせません。生活があるのです。
文句を言うカメラマンも、その農家の方々が作る食物で生きているのです。必要なもの、そしてそこになければならないものは「景色の一つ」であると私は常に言っています。文句を言うなら電気も通信手段もない暮らしを自分ですればいい、とさえ私は思います。

いずれにせよ、景観が観光資源だと言うなら、まずは観覧車そのものが景観を壊す事になるわけで自分のところさえ儲かれば、他から見る景観なんか関係ないというのでしょう。

言い訳をされている社長さん、はっきり言えばいいのです。

「儲けたいからだよ」

でなければ、あんな無粋な建物を峠に作ることはできないもの。

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2008年12月 4日 (木)

毎週泣ける。

フジテレビ系の毎週木曜にやっているドラマ「風のガーデン」 を見てますか?

緒形拳さんの最後の作品です。ガンに冒されたことを告げずに富良野へ帰ってきた中井貴一演じる息子と、皮肉にもガンで亡くなった緒形拳さん演じる父が再開する今日のシーン。泣ける。

壮絶な病気との戦いだったろうはずの緒形拳さんの演技を見るたびに悔しく辛い気持ちになります。「ああ、もう緒形拳さんはいないんだ」と。
彼の乗るルノーキャトルが、ほんっとにいい味わいを出しているのもドラマに色を添えています。途中でエンストして地元の方々が押したりして、そういう細かな描写が倉本聡ですね。

あれは絶対にキャトルじゃないとだめだ。老医師が診療へ向かう、それも富良野の田舎道をコトコトと走る。どんなに古い車でも頑固に乗り続ける。たぶん倉本聡の設定では「他の車では運転さえままならない、これがいいんだ」ということなのだろうね。

イタリアのそうですね、フィアット500じゃあダメだ。ルパンじゃないんだからさ。フォルクスワーゲンのビートル、うーん。目立ち過ぎだし真っ当すぎる。
三菱自動車のスポンサーなのにルノー、まあ、古い車だし「これじゃないとダメなんだ」という設定で三菱も納得したんだろうね。古いランサーでも、緒形拳さんとではイメージが合わないもの。

Dscf9006

たとえドラマに登場する小道具だからといって「何でもいい」わけじゃあないと。
そこにある人間を表現する為に、こうした車の選定は非常に意味があるのです。まあ、北海道でロケなんかあんまりないけどさ、渋めの探偵とかがサンクターボでね走り回るってー設定ならさ、いつでも貸すよ(笑)。<動かないけど

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2008年12月 3日 (水)

道に迷いて得をする。

今日は撮影のお仕事があり、その後は琴似にある車のディーラーで車検前の点検を受けてきました。琴似まで来たんだから、ちょっと小樽で夜遊びでも....と、小樽へ車を走らせたんですけど。

『迷いました.....』

珍しく、目的地付近で道を一本間違って曲がってしまう。小樽は奥へ行くとこれが命取りになって、迷宮に迷い込む。ナビは平面だが、道がつながっているようで実は車が通れないような坂があったりしてまいった。

通りすがりに小さな魚屋さんを見つけた。

住宅地の中にぽつんと。

声をかけて撮影させて頂く。

Dsc_4374

ご近所さんも挨拶しながら通りすぎてゆく。

雰囲気がよくて、なんだかいい。

Dsc_4376

「そうね、ここで30年かな...もう他にもいっぱい店があったんだけどね、みんな閉めちゃって。でも、また明日からセールやるの。(ちらしを見せて頂く)」

その値段はかなりお安いようで。

この画像の左はじに写っている袋に入った珍味が旨そうだったんで買う事に。
「これね、イカなの。でも、ちょっと高いの。700円だけど」

全然いいです。旨い珍味は少々お高めなのはアタリメ!

「どこから?札幌?今日は帰るの?...じゃあ、これ晩ご飯に」とイカの刺身300円を持たせてくれた。え、そんないいんですか?
「いいのいいの、700円もするもの買ってくれたんだし」

これだもの、商店はいいよね。スーパーじゃこうはいかない。

いいなあ、近所にこんなお店があったら切り身とか、いつも買いに来れるのに。
でも、また来るね!ありがとう!

いや、本当に旨かった!

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2008年12月 2日 (火)

夜歩きのススメ。

基本的に写真のみのブログはphoto:modeでやってます。
しかし、最近はもっぱら夜写真ばかりです。これも、昼間に撮る時間がどんどんなくなってきちゃったからなんですが。
12月から来年1月いっぱいまではこの状況が続きそうです。困りました(笑)。

んで、私の夜撮影スタイルなんですけど...

まず、絶対に必要なものは三脚ですね。はい、これがないとおしまいです。

Dscf9232

車のトランクには三脚が三本積んであります。

三脚は「特大」「大」「中」(中といっても大きいけど)の三種類です。

特大(一番奥)は足を全部伸ばすとファンダーが覗けないほど高いです。脚立を併用する場合に使うもので、フェンス等を越える場合に使用します。センターポールを伸ばせば、もっと高くなります。重いので滅多に使いませんが、風が強い時にはこれしかないです。

大(手前)は足を伸ばした状態で、ジャストにファインダー位置。センターポールを一切伸ばさないまま、目の高さに丁度くるのでここの所、これがもっとも使用頻度高いです。

中はカーボンなので軽く、これも使用頻度の多い三脚です。とりわけ冬場、水辺で凍ってもすぐに氷がはがれるので便利です。パイプにウレタンが巻いてあるので直に触れても冷たくないのも助かります。が、カーボン故、風に弱いので強風の場合は使いません。

特大、大はジッツオなので丈夫ですけど、やはり重いですね。

三脚には必ずクイックシューを取り付けます。暗い場合、カメラのセッティングに手間取る事がないですから必須といえます。

とにかく、夜の街でスナップをする意外では手持ちで狙った景色を写す事はまず不可能です。
手ぶれ補正も役にたたないケースが多いです。そもそも、スローで「写った」と思っても三脚を使ったものとはシャープさが全然違います。(三脚使用時は手ぶれ補正はオフがいいかと)

Dscf9233

カメラはD700やD50を使っています。ケーブルレリーズはもちろん必須。セルフタイマーでもいいのですが、D700の場合ミラーアップとセルフタイマーが併用できないのでレリーズは不可欠です。ミラーショックも心配ですから、基本はミラーアップして撮影します。

カメラのセットにポケットライトも必要です。また、足下を照らす場合にも明るめのLEDライト
があれば安心です。なにせ、郊外の道路、畑の付近とか足場が悪い事もありますから照らさないと危険なことも。

カメラを色々セットするときもライトがないと困ります。周囲が真っ暗ですと、戸惑います。そんな時は緑色のLEDライトも使います。けして明るくはないのですが、長時間露出をしているときにむやみに明るい白色LEDを使うのは、かぶる場合もあるので暗めのライトも便利です。

機材は、まあ、とりあえずこんなもんですね。

次に大事な事は「ピント」と「露出」です。

ピントは真っ暗故ほとんど見えない場合があります。もう、これはどうしようもないので広角レンズの場合は目測です。絞りは5.6-8くらいを多用するので、なんとか被写界深度内に収めるよう何度かテストをしてピント位置を決めます。

相手が明るい被写体の場合、さほど苦労せずAFで撮る事もあります。

Dsc_2360

こういう被写体はAFでもイケマス。でも、マニュアルで撮る事が多いかも。

(Nikon D50 AF-S DX 18-200/3.5-5.6G VR)

露出はほとんどマニュアルです。どうせオートで撮っても補正が必要な場合がほとんどです。なら三脚でじっくり撮る訳ですからマニュアルの方がいいと思います。
上の写真のような明るめの夜景ならプラス側に振ることが多いかな。

デジタルカメラのいいところは、モニターで見て判断して、何度でも撮れることですね。

一番厳しいのは星が絡む撮影ですね。

星をグルグル回すような場合は最低でも15分はシャッターを開けねばなりません。ISO200で、絞り5.6、それで20分とかシャッター開けっ放しですから冬場は大変です。
しかもノイズリダクションはシャッター速度と同じ時間がかかります。つまり20分露出すれば、ノイズリダクションに20分かかります。これがしんどい。待つのが長く感じます。
なので一時間で撮影できる枚数は二枚だけ(笑)。

実は昨日、当別で失敗しちゃいました。ノイズリダクション中に電源切っちゃって、せっかく20分かけて撮影した画像がパー(爆)...気を取り直してまた20分ですもん。忍耐強くないと。

なんでノイズリダクションが要るのかは、ここでは割愛。長くなるもん。

冬は、ノイズが乗りにくいので次々に撮影ができるのもいいです。

ただし!バッテリーは多めにないと困ります。冬の夜遊びはバッテリーがとーっても消耗しますので。

とりあえず、こんなところです。



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2008年12月 1日 (月)

FORDSON キタ。

ネタなしでどうにも困ったこっちのブログ。
ネタがナイ日はコレに限る。

Fds1

UNIVERSAL HOBBY社のFORDSON POWER MAJOR 1/16

でかい!通販で届いたんだけど、梱包の箱の大きさでびっくり。「またー、業者いったいどんだけ大げさよ」とナメてました。こんなに大きいとは思わず、飾る場所なんかないぞ、と困惑しています(爆)。比較の為のマッチボックス社、FORDトラクターの大きさは一般的なトミカサイズだと思えばその大きさがわかるでしょう。

Fds2

どーです、この面構え。最高です!グリルもエッチングパーツでリアル。


Fds5

エンジンフードもちゃんと開きます。あ、マッチは固定するために...w


Fds3

エンジンもしっかり作り込んでますね。水冷エンジンのファンも再現されています。配線もしっかりと。いやー、今にも動きそうな感じですよ。


Fds4

ステアリングを切れば、ちゃんと前輪も動きます。
細かな機器類、ベダル、レバーもしっかり。

フォードソン・パワーメジャーは1955年頃から北海道にも多く導入されたそうです。実は、
この仲間が今でも稼働している所もあるんですよ。ぜひ、見てみたいものです。

好きなトラクターなので眺めてはニヤニヤしてますが、こんなに大きいのはこれだけでいいです(爆)。我が家がますます狭くなる....



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