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2005年11月28日 (月)

涙もろくなった・・・かも。

hokkouichiba今日、あちこち駆け回っている中で警察へ行かなくてはならない用事があって(事故の件ね)久しぶりに子供の頃住んでいた場所を通った。小学校から中学生まで住んでいた近辺で、すでに建物もずいぶん変わってあの頃の面影などあるはずもない・・・のだが、ぽつんと残されたように「ある建物」がそこには佇んでいた。「まさか・・・今でも?」北光市場という古い市場は小さな商店が並んだ生活には欠かせないマーケットだったのだ。子供の頃はそこにお使いに走ったり、そこの家の子供ともよく遊んだ。八百屋の娘は同じクラスで美人だったことも思い出した。市場の入り口は文房具や、化粧品、ミニカーが売っていて私が初めてトミカを買ったのもその店だ。当時ガラスケースに並んでいたのはトミカとマッチボックス。ただし箱はなく、実物だけ飾ってあったのだ。なんてことだ、まだこの店があったなんて・・・静まり返った入り口をそっと開けてみると中は真っ暗で店はすべて閉まっている。だが、入り口の文房具屋だけは営業している気配が。そこにおばちゃん登場。。。
「懐かしいです。30数年前この裏に住んでいたんです」「あら、なんていうところ?」「アパートなんですが、名前忘れちゃいましたー」すかさずおばちゃんは「夕ぎり荘じゃないかな?」「あっ、そうそう!」・・・世間話に花が咲く。「もう年金もあるけど昔なじみのお客さんはまだ来てくれるからうちだけ営業しているの。他の人も店は閉めたけどここに住んでいるのよ。他の場所に土地も家もあるんだけど、ここがいいんだって」
わかる。古くて朽ち果てそうな建物だけど人が居るから温かい気がしたんだ。もう今ではすでに商品がほとんどないのだけど、ミニカーの話をしたら「そうそう、昔ここにショーケースがあってね、並べておいたの。そう、買ってくれていたんだね、ありがとう。あの頃でも200円〜300円もしていたんだから、相当高かったよねえ」そうなんだ。だから月に一台買ってもらえるかどうか、というミニカー。大切に遊んでいたんだよ。おばちゃんの話を聞いていると涙腺から熱いものが流れそうになった。時間もあんまりなかったのでまた来るので次回は写真を撮らせて欲しいとお願いした。(今回は携帯でパチリ)「あらー、この間も東京から『昔よく来たんだ』って写真を撮って帰った人が来たわ」
札幌市内にあって異空間とも言えるこの場所は時が止まっていた。ぎぃー、という市場の扉が開いて今にも子供の頃の私がお金を握りしめて駆け込んできそうな雰囲気。どれを買おうかケースに顔を近づけてワクワクしながらミニカーを見つめていた少年は、今もミニカーを手に取って笑みを浮かべている。もうここにはミニカーを売っている形跡すらないのだけど、なんだかまた涙が出た。
私がさまよい歩いている場所は古くから変わらない所を求め始めているようだ。そろそろ一人で居るのも寂しさを憶えるような年にもなってきたのかな。無理もない・・・水曜には40半ばを迎えるのだから。心を落ち着かせる場所と人がいれば私は幸せなのになぁ。

※最近ニフティのブログにアクセスできず大変だ。フリーというまったく無料のブログも始めたおかげで有料会員である私なんかのブログよりもシステムがいい。おいおい、そりゃねーだろ、と怒り爆発中。こっちはログインさえままならないのに、だ。

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コメント

思わず私も目が熱くなりました。
私達の子供頃は、このような市場でしたね。
子供頃駄菓子屋に行っては10円のクジを引いてました。
確か10円だったよなぁ・・・5円だったかも・・・
欲しい景品があり度々行き、引いても引いても毎日外れ・・・
景品は欲しくもない外れのハッカ紙・・・
何日目か、又しても外れ、引いたクジを差し出すと店のばぁちゃんが
「又、外れだねぇ。今日はこれ持って帰りな」と当たりの景品をくれた。うれしかったなぁ。

投稿: たいちょう | 2005年11月29日 (火) 10:47

涙腺弱くなるなぁ。
私の頃は、拾円札なる物がありました。

投稿: たかちん | 2005年11月29日 (火) 21:25

数年前に40年近い記憶の彼方の地を歩く機会がありました。さすがに記憶がおぼろげ、景色も道も何もかもが変わっていたけど案外迷わずに歩けたものでした。
記憶の中ではそこに林があり蝉が鳴いていて、真夏の太陽が木漏れ日となって降り注いでいました。
涙腺。年のせいか最近みごとに緩んでいます(苦笑)

投稿: swallow | 2005年11月29日 (火) 23:22

オイラの幼少時代、母親に連れられて日曜日に(親父は日曜日はいつも仕事していた)松本市内にある百貨店によく連れていってもらっていた。5階のおもちゃ売場でトミカを1台買ってもらうのがルール(笑)。そしてその上のレストランで昼食をとっていたっけ。当時、百貨店にはレストランは1ヶ所しかなく、いつも賑わっていた。
いまでも大切にしているトヨタ2000GTのトミカ....あれ?大切にしすぎでどこに仕舞ったんだろう?部屋にうず高く積み上げてある段ボールを開けて、久しぶりに飾ってみようかな?

いまその百貨店(会社)は無く、建物は増築されパルコにかわったが現役のままである。

投稿: まるだ | 2005年11月30日 (水) 00:19

幼少時代、両親と秋田市へ買い物に出るときには汽車に乗って出かけました、帰りは夜になり汽車の窓から見える街灯の灯りとか、混雑した車内で立ちながら・・周りはみな大人で、時々上を見上げると両親の顔が見えた記憶が有る。親の背中におんぶされて家路へ歩く途中で目が醒めた記憶も有る。今自分が親になって子供と視線が合った時に、その時の事を思い出します。

投稿: keigo | 2005年11月30日 (水) 01:56

すごい、みなさん色々な思い出があるんですね。

>たいちょうどの
そう、学校の近所にあるババアの駄菓子屋がそれでした。もう憎らしいババアだったけどね。でも、たまに優しい(笑)・・・
うちの近所にそんな玩具、文具店がまだあります。

>たかちんさん
ほー、拾円札ですか。さすが年の功!今でも持っています?

>swallowさん
年齢的に涙腺が緩むのか、元々素質があるのかわかりませんが人生経験が豊富なひとほど郷愁で泣けるそうです。

>まるださん
私もデパートの食堂があこがれでした。初めて本物のプリンを食べて衝撃でした。うちで作っていたハウスのプリンはなんだったのか、と子供心にびっくりしたものです。

>keigoさん
昔は街へ出るのにも一つのレジャーでしたね。移動に時間がかかることで帰り道はスゴく疲れているんですけど、思い出すのは帰り道のことばかりのような気がします。

投稿: ariari | 2005年12月 3日 (土) 03:10

うぉ! 北光市場ですか!?
これって美香保の方でしたよね!
うわぁ~、まだあったんですか。懐かしいです・・・

私、小学校の頃「北光小学校」だったんですよ。
いつも行くというほど近くは無かったですが(小学生には)、
懐かしいです。

投稿: ぽちぽち | 2006年2月17日 (金) 18:16

そうそう、これ美香保。だって小学校がそうだったんだよー。
北光小学校だったんだー。驚いたなあ・・・

投稿: ありあり@渋谷 | 2006年2月18日 (土) 01:48

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